監禁したのは


    3


 そして今、マウサはうっとりと、幸せそうにバッシュを見ていた。


「ただいま。私の可愛い子」


 蝋と薬草、湿気と香油が入り混じる、独特のにおい――


 2歳から7歳までの5年間、バッシュが寝起きした家だ。衣食住のすべてをマウサに依存し、彼女を母と思って過ごした場所。


 その懐かしい我が家に、バッシュは今、マウサと二人でいた。

 展開次第では確実に泣く状況なのだが、今は別の意味で泣けてくる。


「ふむごむご! むーむ!」


 布を噛まされているため、言葉を発することができない。


 両手は背中。鎖のようなもので固定されている。どうやら〈魔封じ〉の錠であり、魔力が全然、練り上がらない。勇気の聖痕も封印の対象であるらしく、勇者が持つ超人的能力の数々も失われている。


 アイほどではないにせよ、バッシュも大概、怪物なのだ。このくらいの鎖は素手で引きちぎるし、石組みの壁を蹴破るのも不可能ではない――本来は。


 聖痕が無力化された以上、鎖はとても切れないし、壁を殴れば骨が砕ける。


 文字通り、手も足も出せない。


「二日も眠らせて、ごめんなさい。支度に手間取っちゃって」

「むごっ! むごふも!」

「せっかく一緒に住むのだもの。ちゃんと手を入れておきたかったの。思ったほど傷んでなかったけど、お掃除したり、お花を飾ったり――綺麗でしょう。うふふ!」


 マウサは上機嫌だ。何やら鼻歌まで歌っている。


 とにかく頭が切れる女性だ。旅のあいだはいつも、先の先まで見通していた。その彼女がこんな『余裕綽々』の態度でいるということは……。


 おそらく、脱出は不可能。


 勇者ともあろう者が、見事に監禁されてしまった。


 バッシュが大人しくなったのを見て、マウサは妖艶な笑みを浮かべた。


「――いい子ね。好きよ、バッシュ。貴方のそういうところ――ううん、本当は全然あきらめてなくて、つけ入る隙を探してるところも。その冷静さも、精神力も、賢さも、強さも、全部全部全部全部全部全部全部全部、好き♡」


 言いながら、バッシュの膝に腰をおろし、首を抱く。

 豊かな膨らみを顔に押しつけられ、バッシュは真っ赤になった。


 戸籍上はダイム近くも年上だが、故あって、彼女は心身ともに年を取っていない。

 実質的に同年代なわけで、こんな距離感でいるのは危険に思えた。


 バッシュのあごに指を這わせ、マウサは誘うように言う。


「大声出さないって約束したら、この布、とってあげる」

「……むご?」

「約束、できそう?」

「――むご!」


 マウサは慈愛に満ちた微笑を見せ、本当に布きれを解いてくれた。


「裏切っちゃ嫌よ? 私を悲しませないで」


 甘い吐息が首筋にかかり、バッシュはぞくぞくっと震えた。

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