立ちはだかる脅威が
アイは背中に手を回し、担いでいた剣を一本、こちらに投げて寄越した。
「はい、これ!」
バッシュが旅の最後に手にした、聖なる武器〈ガドラの勇剣〉。
なるほど、バッシュとの合流を見越して、部屋から持ってきてくれたようだ。
さすがは幼なじみ。バッシュの行動を完全に読み切っている。
「助かる! アイは騎士たちと手分けして、街の人をこの広場から遠ざけて!」
「バッシュはどうするの?」
「あの巨人はフェストゥムらしい。剣も魔法も通じないから――」
これと言って、策はない。へらりと笑って、バッシュは言った。
「何とかする」
「あはは! わかった!」
四の五の言わず、アイは通りを駆け戻る。
こと戦闘状況に限って言えば、アイは勇者の判断に全幅の信頼を置いているらしい。戦いの最中、どんな突飛な指示を出しても、その通りに動いてくれる。
バッシュは巨人に向き直り、そちらに注意を払いつつ、考え込んだ。
「と大見得を切ったものの……あんな化け物、どうやって」
「死せし者、汝の罪は赦された!」
透き通るような声が、広場の端から聞こえた。
怒鳴ったわけでもないのに、それは高らかに、厳かに響く。
「満たされて眠れ――エルマ・アルマ・ラド」
結びの文句は神聖語。イマ聖王朝の時代から伝わる古語で、『主は斯くの如く言われた』という意味だ。神官が操る法術は、おおむねこの文句で発現する。
見れば、大聖堂を飛び出したエルトが、鎮魂の秘蹟を行っていた。
聖霊が輝きを強め、曇天の空を下から明るく照らし出す。
あまたの死霊を昇天させた、エルトの魂祓い。
いかにも霊験あらたかに見えたが――
エルトの祈りは、巨人に何の効果ももたらさなかった。
いや、敵意を向けたのは伝わったらしい。
巨人の顔に眼球が浮き出し、ぎょろりと動いてエルトをとらえる。
バッシュはそちらに急行し、エルトに飛びついて、巨人の足をすり抜けた。
間一髪。エルトを狙った足踏みは外れる。巨人のかかとが石畳を波打たせ、広場の一角を吹き飛ばしただけだ。
冷や汗をかきながら、とりあえず、バッシュはルゥルに文句を言った。
「ちょっとルゥルさん! 全然、除霊できないんですけど!?」
「はて……どうやら、死霊ではないようですね。となると」
ふわりと真横に着地したルゥルが、悪びれもせずに言う。
「祓うことのできない霊、すなわち〈生き霊〉かと」
バッシュは首をひねった。
巨人の生き霊? ますます意味不明だが?
バッシュに抱えられたまま、エルトも胡乱げな声を漏らす。
「あれほどに巨大な霊体……そもそも人界のものとは思えませんけど」
「同感です。何とも並外れた魔法力――いえ、〈魔力〉の要素は感じませんので、〈法力〉の集合体でしょうが」
「法力? 神官の仕業だと言うのですかっ?」
「ご明察。貴女の生き霊ですよ、エルト様」
エルトは呆け、ぽかんとした。
さすがに聞き捨てならず、バッシュは声を低くする。
「ルゥルさん……それはさすがに笑えない冗句だ」
「冗句ではなく、合理的な推論です。聖女以外の誰に、あんな怪物が生み出せるというのです? エルト様ご自身にも、お心当たりがございましょう?」
いつの間にか、エルトは肩で息をしていた。
浅い呼吸を繰り返し、それでも酸素が取り込めず、魔族のように青ざめている。
――不安で圧迫されているのだ。原因を取り払ってやりたくて、バッシュはまくし立てた。
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