訪れた光が


    5


 伝令からの報告は、東の門が抜かれたという、絶望的なものだった。


「魔軍はフェムロン市街になだれ込みました……。残る護りは〈アダンの壁〉ただ一枚。この聖域が陥れられるのも、もはや時間の問題かと」

「……皆、今日までよく持ちこたえてくれました」


 近衛の巫女をひとりひとり見回しながら、エルトはねぎらいの言葉をかけた。


「魔帝三軍のひとつ大軍師アダマリスの包囲を受けながら、足掛け3年――6度にわたる総攻撃をしのいだことは、教団史に残る誉れです。わたしは……とても誇りに思います」


 すすり泣きが聞こえる。精強で知られるとは言え、聖域の巫女は大半が若い娘であり、戦士として成熟しきっているわけではない。


「聖地を奪われるのは耐え難い苦しみですが……耐えましょう。そしていつの日か必ず、この地を奪還すると誓――」

「聖女様! 曲者です!」

「違います違います! 決して、怪しい者では!」


 しめやかな聖女の訓示を邪魔する格好で、近衛が騒がしく入ってきた。


 一人の若者を突き飛ばし、御所の床に転がす。

 若者はひょいと跳ね起き、まるで愛想笑いような、頼りない表情を浮かべた。


 エルトより少し年上で、帯剣しており、軽装ながらも身を鎧っている。が、どう見ても聖騎士団の者ではない。旅の途中にあるらしく、風雨にさらされた靴や外套がずいぶん色あせ、砂ぼこりで汚れていた。


 巫女たちが一斉に取り囲み、聖十字槍を突きつける。


「男の身で聖域を侵すとは!」

「聖女御所と知っての狼藉か!?」

「人ではあるまい!? 正体を見せよ、魔族!」


 大勢に迫られ、若者は狼狽した様子で視線を泳がせた。退路を探した――のではなく、目のやり場に困ったらしい。


 聖域の巫女は『踊り子』と揶揄されるほどに薄着だ。


 詰め物によるごまかしを許さない、ごく小さな胸当て。下は薄布をきつく巻き、下腹部の輪郭を強調している。


 服の下に武器を隠すことも、男が女に成りすますことも、この装束では難しい。聖女を護るための規則なのだが、外から来た者には半裸に見える。


 魔族の刺客なら、こんな反応はしない。それに、エルトはこの若者を知っている。


「皆、待ってください! この方は……っ」


 声が上ずる。そんなエルトに目を留め、若者の顔が輝いた。


 聖十字槍を素手で(!)押しやり、エルトの前に進み出て、ひざまずく。


「名無しのバシュラム。神命に従い、参りました」

「やっぱり……勇者様……!」

「初めまして――じゃないよね。幾度か、お目にかかりました。ご神託の、夢の中で」


 若者の正体を知り、今度は巫女たちが動揺した。

 一糸乱れぬ動きで、皆が一斉にひざまずく。


 急に敬意を向けられ、勇者は居心地が悪そうな顔をした。

 偉ぶることができないらしい。その清廉さに、エルトは好感を抱く。


「お待ちしておりました、バッシュ様……! 一日千秋の想いで……ずっと……!」

「ずいぶん待たせちゃったね。遅くなって、ごめん」

「いいえ……いいえ!」

「話したいことが、たくさんあるんだ」


 盛夏のはじめの、青空のような。

 その草原を吹きぬけた、そよ風のような。

 爽やかな笑顔を浮かべて、バッシュは言った。


「俺たちがどんな旅をしてきたか――俺たちがどんなやつらで、何をしてきたのか。そしてもちろん、君のことも!」

「聞かせて欲しいです、わたしも! 山ほどあるんです、お話ししたいこと……こちらにも――たくさん!」


 そこまで言って、エルトはどうしようもなく切なくなった。


「ああ……! ですが、今はその時間が……」

「うん。だから今すぐ、俺に聖剣の加護をくれ。外の敵を追い払って、それからゆっくりみんなで話そう」


 優しげだった双眸に、強い意志の光が宿る。

 勇者は戦うつもりなのだ。この絶望的状況下でも。


 はい、とうなずき、聖剣を託してしまいたかった。しかし――


「……すみません、バッシュ様。それは……できません」

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