敵の正体が
「用兵の基本は戦力の集中です。損耗をいかに少なく済ませるか――そこが肝要でしょう。だというのに我々魔族は、やれ誇りだの、劣等種相手に数を頼むなだのと、くだらぬ美学にこだわって――結果、7世紀を費やしておきながら、まだ人間を絶滅させられずにいるのですからね。人間の方がよほど合理的ですよ」
「まあ……正々堂々ぶつかると、人間は基本、魔族には敵わないからね」
個々の能力では魔族の方がはるかに上だ。
魔軍の将は大量の使い魔を使役するので、駒の数でも人間側は劣勢である。
そんな連中と長く戦争をしていれば、人間は互いの連携を重視し、集団戦法に訴えるようになる。
バッシュは人界最強の戦士であるが、専門分野においては仲間に劣ることを知っている。彼女たちの力を借りることに、抵抗感はまったくない。
「お仲間と言えば、勇者の一行には専門家がいるのでは?」
「お師匠なら留守だよ。西の学舎――知ってるかな、魔法使いが集まる大図書館なんだけど。お師匠の古巣らしくて、旅から戻って以降、ずっとそっちに行ってる」
「――大魔導師マウサは〈塔の魔法使い〉だったのですか」
ルゥルがあごに手を添え、難しい顔で考え込んだ。
「あの才を見れば、うなずけますが……妙ですね。彼女の年齢はせいぜい7の3倍くらいでしょう? そんな若い大魔導師が輩出されたなら、噂も聞こえてきそうなものですが。そもそも、西の学舎は先頃、廃れたとばかり」
「あー、まあそのへんはちょっと事情があって」
言葉を濁すバッシュを見て、ルゥルは怪訝そうにしたが、その件には触れず、
「それはさておき、わたくしが申した『専門家』は聖女エルトです」
今度はバッシュがまばたきした。小柄なエルトが、巨人退治の専門家?
「バッシュ様、フェストゥムと戦った経験は?」
「フェストゥムって、死霊のことだろ?」
無論、ある。退治の手段も知っている。特に有効なのは聖水、聖塩、聖蝋だ。
「〈スメド霊廟〉やら〈聖人墓所〉やらで戦ったよ。泊まった宿で幽霊騒ぎに巻き込まれたこともある。苦戦した記憶はないから、印象は薄いけど」
「そうでしょうとも。人間ごときの貧弱なフェストゥムなど、聖女の〈魂祓い〉にかかれば、ご不浄の糞尿を浄化の聖水で洗い流すがごとしです」
「バチ当たりな表現やめて? あの巨人が幽霊だって言うの?」
「そう考えれば、色々とつじつまが合うのです。フェストゥムは目には見えますが、大地に影を落としません。光をさえぎる実体がないからです」
なるほど、とバッシュは思った。
あれが純粋な魔法力の集合体で、見えているのが写像に過ぎないとすれば、爆風で吹き飛ばせないのも道理だ。一方のあちらは〈霊障〉によって攻撃してくる。
「フェストゥムは死者の怨念――死亡の瞬間に解放された、行き場のない魔法力が結実したものです。当然、死に際の意志に引っ張られます。あれは勇者の敗北と同時に消えました。このことから導き出される推論は?」
「魔法使いに恨まれる心当たりなんて……あり過ぎるな」
魔族は魔法が達者だ。その魔族を誰より屠ってきたのが勇者である。
「だとしても、フェストゥムってのは人間くらいの大きさだよね?」
「そうとは限りません。生前の姿に似る、というだけです」
「余計におかしい! あいつ100ワールはあっただろ!」
大陸の度量衡は教団によって厳密に定められている。1ワールは司法剣アルマダンドの刃渡りに相当し、倍にすれば成人男性の背丈、7倍すれば巨人の背丈と言われている。
大陸は7進法を採用しているため、100ワールは7ワールの7倍。十進法に直せば49ワールということになるか。
「あんな巨人の恨みを買ったら、さすがに覚えてると思うけど?」
「当人に罪の意識がないというのは、さぞ腹立たしいでしょうね……同情します」
「やらかした前提で話すのやめてくれる!? 恨まれてないんだって!」
などと言い合う二人の横で、ばぁんっ、と扉が開かれた。
聖杖アルディムトを槍のように構え、飛び込んできたエルトが叫ぶ。
「バッシュ様から離れなさい! 魔族!」
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