悩みのタネが


    ◇


 昨日、大聖堂前に駆け込んだバッシュは、まず敵の威容に驚いた。


 間近で見ると、本当に大きい。白い体は霧のようで、うっすら向こうが透けて見える。巨大な手足を有し、頭部らしき隆起ははるか頭上。見た目の印象は『雲の巨人』といったところだ。


 バッシュも既に百戦錬磨。姿を見た瞬間に、とるべき戦術は導き出せる。

 既に呪文の詠唱は終わっている。想念上の火炎が、バッシュの右手で実相を得た。ぎらぎらと輝く熱の塊――着弾と同時に炸裂する攻撃魔法、爆裂火球だ。


 それを、投げる!


 大魔導師マウサなら、念のみで飛ばす。しかしバッシュは投擲を好んだ。余計な動作が必要だが、石を投げる要領で、直感的に狙いをつけられるからだ。


 狙い通り、爆裂火球は巨人の頭に突っ込んだ。


 炸裂は起こらない。しかし、あわてない。すり抜けるのは織り込み済みで、火球が内部に入った瞬間、バッシュは指をそちらに向けた。


 狙撃に適した攻撃魔法、灼熱光を放つ。


 太陽光によく似た光を、限界まで収束させて、熱線とする魔法だ。弾速が早く、射程も長く、直線状に進むため、命中精度が高い。


 今回も狙いは違わず、意図した通り、爆裂火球を撃ち抜いた。


 上空で大爆発が生じる。

 広場を逃げ惑っていた人々が、静まり返るほどの衝撃だった。


 灼熱光で爆裂火球を起爆する――かつて瘴気の谷の霧魔ゼェブを仕留めた技だ。

 攻撃がすり抜けるような相手でも、このやり方なら爆風で消し飛ばせる。ゼェブがそうだったように。


 しかし、この巨人には何の効果もなかった。


 燃え上がることも、吹き散らされることもない。

 巨人は相変わらず巨人のまま。悠然とバッシュを振り返り、バッシュを見た。


 バッシュは慄然とし、本能的に飛びずさった。

 案の定、直前まで立っていた場所に、巨大なこぶしが降ってくる。


 風圧は生じない――どうやら実体がない。にもかかわらず、広場の石畳は盛大に砕け、水しぶきのように破片が散った。


 その衝撃に巻き込まれ、バッシュの身体も宙に浮く。

 もう一方のこぶしが迫っていると気付いたときには、既に回避の手段がなかった。


 殴られた、という感触はなかった。

 なのに、皮膚が破け、骨が砕け、全身血まみれ――ルゥルの言を借りれば『床に落とした焼き菓子』みたいになって、広場の端まで転がっていく。


 かくして、勇者の称号を持つ者が、たやすく敗北を喫したのである。


    ◇


 自分の口元をつかむように覆い、バッシュは考え込んだ。


「弱ったな……。あの手合いが相手だと、アイは全然戦えないし」


 ルゥルは『おや』という顔をして、揶揄するように言った。


「初手から仲間を頼むのですか? 仮にも『勇ましき者』と呼ばれる方が?」

「あ、軟弱とかヘタレとか言いたい感じ?」

「いえ。むしろ感心しました」


 意外なくらい饒舌に、ルゥルはとうとうと語り出した。

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