生じた暗雲が


    2


「すごいね、君……」


 あきれた、を通り越して感心してしまいながら、バッシュは言った。


「魔族は聖堂に入れない――んじゃなかった?」

「聖者の結界など、所詮は〈聖〉という属性の魔法障壁に過ぎません」


 ふふん、と多少得意げに、ルゥルは解説らしきものをする。


「我々が角で生み出す魔力とは、確かに相反しますが――魔将六騎イスタリスの血族であるわたくしには、人間の結界など網かけ虫の巣にも劣る障壁です」

「そういうこと言ってんじゃないんだけどな……」


 天敵である教団の拠点に、何の躊躇もなく侵入する、その胆力を言っている。


「こんな貧弱な結界より、畏れるべきは聖女の加護ですよ」


 珍しく――と言っていいのか、ルゥルは掛け値なしの賞賛を口にした。


「あれほどの治癒魔法は魔界にも存在しません。腐ったメルマウみたいだったぼろきれを、ひと晩で人のかたちに修復してしまうとは」

「……俺、そんなにひどかった?」

「それはもう。即死しなかったのが残念――もとい、信じられないほどで。やったぁ魔界に帰れる~と小躍りしましたのに」

「君が小躍りしてるところは、ちょっと見てみたいけどさ」


 この無表情で踊るのだろうか。それとも少しは笑うのだろうか。


「女に気を持たせるだけ持たせて裏切るなんて、鬼畜の所業ですよ。そんな外道はあのまま死んでしまえばよかったのに――失礼、うっかり本音が漏れました」

「気にしないで。俺も今、君も一発もらってればよかったのにって思ったから」

「奇遇ですね。多少は気が合うのでしょうか?」

「どこまでもすれ違ってるよねえ!?  他人の甲冑の方がまだ合うわ!」


 騎士甲冑はきっちり採寸して作られる。多少は調整がきくとは言え、他人の甲冑など、ぎちぎちだったりぶかぶかだったりで散々だ。


「で、あの巨人はどうなったの?」


 エルトには聞きそびれた、何より大事な質問を、ルゥルにぶつける。


「君が――それともエルトが退治してくれたの?」

「どちらも違います。貴方を床に落とした焼き菓子みたいにした後、勝手に消滅しました。まるで『目的は果たした』と言わんばかりに」


 ゆるみかけていた空気が、再び張り詰めた。


「魔王と勇者の婚姻をブチ壊したい勢力の仕業……だと思う?」

「さて……現時点では断言のしようがありません。あれが何だったのかがわかれば、出所の推測もできましょうが」

「また現れる……かな?」

「目的が貴方であるならば――必ず」


 バッシュは頭を抱えたくなった。


 叩きのめされる前の、戦いの様子を思い返す。

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