約束をかわして
瞳をきらきら輝かせ、アイは嬉しそうに語った。
「お兄様も、お姉様も、みんなそうだった! 今度わたし、お兄様に手槍を教えてもらう約束をしたのよ。お姉様はお茶に呼んでくださるって――それでね!」
アイの話は止まらない。これはたぶん、今日一日この調子だろう。付き合うのは骨が折れるなと思う一方、バッシュもまた嬉しい気分になっていた。
父王も兄姉たちも、意地悪で放任していたわけではない。
ただアイの気持ちをはかりかねていただけだ。
アイの方が求めなかった――それだけの話。
「だから、だからね!」
「落ち着いて。なに?」
「ありがとう、バッシュ」
とろけた糖蜜のような、甘い甘い笑顔。
完全な不意討ちだ。細められた眼がまぶしくて、バッシュはどぎまぎした。
「な、何で俺に言うのさ?」
「バッシュがいなかったら、こんな勇気は持てなかった。お父様やお兄様たちのことも、きっと一生、怖いままだった。だから、ありがとう」
――それは俺の台詞だよ、とバッシュは思った。
アイがいなければ、バッシュの未来はもっと手前で閉じていた。
「ねえ、バッシュ。騎士になってね」
「うん。頑張るよ」
「二人で魔族をたくさんやっつけて、この戦争を終わらせようね!」
勇ましいことを言う。アフランサはまだしも善戦しているが、魔族の襲撃を防ぐ手立てはない。たとえ勇者が魔王を討っても、せいぜい四半世紀、侵攻がやむだけだ。7世紀もだらだらと続く、人魔の戦争に出口はない。
それでも、バッシュはうなずいた。
「うん。お姫様を護る騎士になって、君と一緒に戦うよ」
アイが目をまんまるにして――
花が咲きこぼれるように、ふわっと華やかに微笑んだ。
「じゃあ、お返しに、わたしは淑女の愛を与えます」
壁の木剣を手に取って、バッシュに渡す。
彼女が何をしたいのか、すぐにわかる。バッシュは床にひざまずき、その木剣を恭しく捧げ、こうべを垂れた。
改めて木剣を手にしたアイが、その刀身をバッシュの首筋に当て、厳かに言う。
「汝、騎士たらんと望むか」
「望みます」
「汝、我がために剣を取り戦うか」
「戦います」
「汝、我が騎士として終生ともにあると誓うか」
「誓います」
木剣が上に跳ね、顔の右、左、右と順に当たる。アフランサ式の騎士叙任作法――もちろん『ごっこ』だが、アイは満足したようで、嬉しそうに笑った。
「ずっと一緒よ、バッシュ。死が二人をわかつまで」
「殿下の御名にかけて。仰せのままに、姫殿下」
左胸に右こぶしを当て、バッシュは確かに、誓いの文句を口にした。
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