アイは王女で
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アフランサ王都の路地裏を、寝癖頭の勇者が走る。
王都は東に山を背負い、西に海を臨む、狭い平地に建てられている。
歴史は古く、誕生は古代のイマ聖王朝の時代。南北に伸びる大街道に沿う、宿場町として始まった。
やがて関所、次いで城塞として発展し、今では大陸北方の雄となった。
魔界の門が大陸北端にある都合上、比較的侵攻を受けやすく、現在は尚武の気風が強い騎士国家である。
狭い土地であるため、旧街道を一本外れただけで、路地は入り組み、迷路のようになる。土地の子どもにとっては格好の遊び場であり、警邏の騎士には頭痛のタネであり、旅人にとっては土産話のネタでもあった。
町人たちの奇異の視線を浴びながら、バッシュは路地を駈け抜ける。
左右の民家が城壁のようにそそり立ち、折り重なり、視界を塞ぐ。だが、道には迷わない。このあたりは、バッシュが7つの頃から親しんだ道なのだ――
「7と3年の付き合い、か……」
浮浪児だったバッシュが、国王の娘とそんなふうになれたのには、もちろん理由がある。主にアイの方、つまりアフランサ王家の事情が。
◇
第7王女アイメリウは、王の『ダイム番目の子』だった。
ダイムは7の倍、十進法で言えば14。
この大陸では特に『キリがいい』とされる数だ。
菓子だろうが石鹸だろうが蝋燭だろうが鉛筆だろうが、『○個』と数えられるものは何でもダイム単位で売っている。
教団に納める聖税は年収のダイム分の1で、祝祭日は年にダイム日。
大陸の時法は昼が7刻、夜も7刻。当然、一日はダイム刻。人間はダイム年を生きて成人となり、ダイム年が7回巡ると1世紀である。
縁起のいい数字ではあるが、いかんせん、アイには兄姉が多すぎた。
兄が7人、姉が6人。既に家督は安泰であり、めぼしい嫁ぎ先は姉たちで埋まっている。人魔の戦争に忙殺されているのもあって、王はアイには淡泊だった。
『当人のしたいようにさせよ』
という方針のもと、アイは幼少期から放任された。年の離れた兄姉たちも、進んでアイを構いはしない。結果、アイはいつも部屋の隅っこに立ち尽くし、じっと他人の顔色をうかがうような、陰気な子どもになってしまった。
――今の彼女からは想像もつかないが、人見知りで、引っ込み思案で、消極的……そんな時代があったのだ。
アイはしだいに宮廷を嫌がるようになり、市中の離宮に移った。
そこは騎士教練場のすぐ裏手であり――疑いようもなくその影響で、アイは弓馬の術に関心を持つようになった。
男所帯の無骨な環境が合ったらしい。生来の気質はこうです、といわんばかりに、明朗快活、天真爛漫な性格に成長する。木剣を振り回し、教練場を駆け回り、7歳になる頃には立派な『おてんば姫』になっていた。
元気一杯で、いつもきらきらと笑っている。
太陽のようにまぶしい、別世界の子ども――
それが、バッシュが抱いた、アイの印象だった。
バッシュが初めてアイを見たのは、騎士寮に住み着いて7日目のことだ。
――このとき、バッシュは推定7歳。
たった7年の人生で、二度も天涯孤独になっていた。
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