魔界の美姫が現れて


    3


「あ――これは失礼いたしました」


 今さら視線に気付いた、というていで、魔族の女性は白々しく言った。


「わたくしのことはロギアの美しい鉢植えとでも思って、どうかお気になさらず。ささ、どうぞお続けになってください。がばっと。ぐいっと」


 ロギアは『花の女王』とも呼ばれ、園芸界のまさに花形。自分をそれにたとえるあたり、かなり図々しい。しかし確かに、それが許されるだけの器量はある。


 当然、実力もかなりのものだろう。物腰こそ穏やかだが、魔界の貴族であれば、とても油断はできない相手だ。


 一体、何が目的だろう?

 即座に頭を回し始めるバッシュの上から、アイが素早く飛び退いた。


「ご、ごめんね……っ」


 消え入りそうな声で言い残し、そそくさと逃げていく。

 まだ施錠されたままだったようで、ばきんっと不吉な音がしたが、ともかく扉は開き、アイの姿は見えなくなった。


 バッシュはがしがしと頭をかき、とりあえず、一番気になっていることを訊いた。


「それで――君は、誰さん?」


 演技なのか、正直な反応なのか、女性は大きく目をみはった。


「この状況で、まずわたくしを気にされますか。人情というものを解さない、無慈悲、無情の人でなしですね」

「いきなりケンカ売るね!? 誰なんだよ!」


 女性が腰の布地をつまみ、右足を左足の後ろで交差させて、小さくお辞儀した。

 ――侍女ではなく淑女の作法だ。それでも表面上は恭しく、名乗りをあげる。


「イスタリス・ルゥレイムでございます。アルヴィナス・バシュラム様」


 アルヴィナスは勇者に与えられる称号。孤児のバッシュは本来の姓が曖昧なため、これが姓のように扱われている。


「我が君アズモウド・ファウロンド・レーネイフ陛下の勅命により、バシュラム様のお側仕えとして推参しました。親書はこちらに」

「レェンから?」


 差し出された封書を受け取り、観察する。

 ひと目見て、それは確かに人界のものではないとわかった。


 古代のイマ聖王朝の時代から、大陸には製紙と活版の技術があった。アフランサもその技法を受け継いでいて、製本にかけては良質な部類とされている。


 が、受け取った封書は紙の質からして、次元の違うものだった。

 厚みが均質で、適度な張りとしなりがあり、さらには光沢がある。多少濡れても平気なように、油分を染みこませているらしい。


 裏返して封を見る。蝋か何かの封じの上に、複雑な印が押してあった。

 レェンのひたいの魔紋――天魔アズモウド王家の紋章だ。


 はやる気持ちをおさえつつ、罠かどうかを見定める。

 どうやら魔法はかかっていない。危険を知らせる第六感も働かない。


「証拠はあるかな? この手紙が本物だっていう」

「さて……。玉印の権威を信じない方に、証を立てるとなりますと……」

「――ごめん、無茶なことを言ったね」


 バッシュは深呼吸して、ひと想いに封を切った。

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