いつもと違って


「わたしの服、気になる? どのあたり?」

「からかわない! そんな薄着で出歩くんじゃありません!」

「そんなって何よ! 騎士教練のときはいつもこんなだった!」

「そんな昔の話――俺も君も、まだ子どもだったじゃないか」

「……たったの3年前だよ」


 ふと、アイの声が湿った。

 床に目線を落とし、さみしそうにつぶやく。


「ひとりで勝手に……大人にならないでよ」


 恨みがましい――そんなふうにも聞こえる響き。


 言葉を失うバッシュの前で、アイは急に普段の調子を取り戻し、ほがらかに笑った。


「じゃあ、着替えてくる。後で会おうね!」


 見る者を安心させる、いつもの笑顔。

 バッシュが幾度も励まされ、大事に想ってきた笑顔だ。


 だからこそ、そのいびつさに気付いている。

 今この瞬間、アイの心は笑っていない。


「――待って、アイ」


 寝台を下りるアイの手を、バッシュはつかみ、引き止めた。


 強く握れば、折れてしまいそうな頼りなさ。

 自分の腕より、ずいぶん骨が細い。肌は薄く、筋肉の硬さも違う。歴戦の騎士とはとても思えない、ごく普通の少女の腕だ。


 アイは身体を強張らせ、振り向かずに言った。


「……離して」

「話してくれたら、離すよ。何か、俺に言いたいことがあるんだよね?」

「……そんなの、ない」

「あるよ。なかったら、今さら俺の部屋になんか来ないだろ」

「理由がなかったら、会いに来ちゃだめなの!?」


 感情的に声がとがる。

 アイははっと我に返り、脅かされた仔エウクみたいに小さくなった。


 怯えた様子で少し震える。不安定に瞳を左右に揺らしながら、アイは言い訳した。


「ごめん……違うの。わたし、ちょっと……さみしくなって」

「さみしい?」

「だって……ずっと一緒に旅して――毎日、おはようって言い合ってたのに。王都に帰った途端……わたしたち、もう4日も会ってない」

「それは……仕方ないよ。アイはアフランサのお姫様だし」

「そんなの関係ない! もういい!」


 今度こそ部屋を飛び出そうとするアイを、バッシュはやはり、そうさせない。

 アイの両肩に手をかけ、くるりと反転させて、こちらを向かせる。


 朝焼け色の髪がひるがえり、バッシュの鼻先をくすぐった。

 大きく見開かれたアイの眼が、至近距離でバッシュを映す。


「ちゃんと話をしよう? これじゃケンカしてるみたいだ」


 噛んで含めるように、バッシュはゆっくりと語りかけた。


「言いたいことを言って。悩みがあるなら話して。俺、ちゃんと聞くから」


 不満を伝えずにいれば、遠からず爆発する。

 そんなやり方では双方が損をする――と理解できるくらいには、長く旅を続けてきた。積もる疲労や戦闘の緊張により、旅先ではそうした衝突がよく起きる。


 もちろん、アイも承知だ。ほかでもないアイ自身が、何度も不満を溜め込み、大噴火をやったのだから。


 今にして思えば、そのどれもが些細な理由だった。

 最低でも週に2度は湯浴みしたかっただの。

 7日続けてポルタ豆だけの糧食は嫌だっただの。

 サノラの祝祭を見物したかったのに、バッシュが出立を急いだだの。


 言ってくれれば、すぐにも解消できた、可愛らしいわがままばかり。


 あのとき、『自分は勇者の道連れである』という使命感が、アイに我慢を強いた。

 旅を終えた今、彼女はどうして、何を理由に我慢しているのだろう?


 アイが話してくれるのを、バッシュは辛抱強く待つ。しかし――

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