運命を、ともに
ふと、天啓を受けたかのように、エルトがつぶやいた。
「ひょっとして――バッシュ様は、操られているのでは……っ?」
そのひと言で、流れが変わった。
バッシュにとって、ひどく望ましくない方向へ。
「そっか……そうだね……さすがエルトちゃん……っ!」
「待ってアイ! 俺は正気だから! お師匠もその火焔を引っ込めてください!」
「操られてる人間は自分を正気だと思ってるのよ。大人しく焼かれなさい。大丈夫、うんと痛くしてあげるから」
「待った待った待った! 停戦協定でいいんじゃないかってのは俺も考えました! 考えたけれども!」
想いを噛み締めるように、バッシュは声を抑えて言った。
「同じギャレを漕がない限り、信頼は得られない」
ギャレは手漕ぎの船――つまり『同じ船に乗る』ということだ。
運命をともにするのでなければ、その場しのぎの停戦にしかならない。そんな協定では、どちらかの都合で簡単に破棄される。そしてそうなれば、互いの信頼はますます失われ、平和への道筋もますます遠のいてしまう。
それに……、とバッシュは続けた。
「俺はレェンが好きなんだ。一人の女の子として」
その言葉は、まさしく〈聖剣〉の一撃だった。
ひと太刀が致命的な結果をもたらす。あたかも雷に撃たれたように、乙女たちはそろって硬直した。心停止同然のありさまで、ほとんど白目を向いている。
熱を帯びた瞳で、バッシュは想い人を振り返る。
まっすぐな眼に射すくめられて、魔族の女王は怯んだようだ。
灰色の肌を上気させ、逃れようと身を引く。が、バッシュに腕をつかまれたままなので、逃げられない。
バッシュはレェンを引き寄せて、彼女の紅い双眸をのぞき込んだ。
「レェン、俺は君が好きだ」
「……っ」
「君は、どう?」
「わ、私は……そんなこと、知らない……」
「嫌い?」
「そういうことでは……なくて!」
細い眉を吊り上げ、腹立たしげにバッシュをにらみつける。
そのまま怒鳴りつけそうな勢いだったが、漏れ出た言葉は尻すぼみだった。
「い……言わなくても……わかるだろうが」
「聞きたいんだ。君の口から」
「くっ……何て底意地の悪い男だ!」
どんっ、とバッシュの胸を叩き、うつむく。
そのまま、数秒。ややあって、消え入りそうな声で、ぽつりと言った。
「私は……弱い王だ」
「そうらしいね」
「それでも、王には王の……果たすべき役目がある。おまえは魔族の敵、私の敵、人間の勇者だ。すべからく、殺さねばならない。だが……」
そっと目を閉じ、自分の心に問いかける。
やがて顔を上げたとき、魔王はかすかに笑っていた。
「うん……どうやら、私は」
負けを認めたような、清々しい微笑で――
「おまえが、まずまず、好きらしい」
接吻のように視線がからむ。
言われたバッシュの顔が、熟れたモレ果のように赤くなった。
片手で口元を覆い、目をそらす。そんな彼を見て、レェンももだもだと身悶えた。
「や、やめろ莫迦っ……何でそっちが照れるんだ」
「いや、だって……想像以上に……くるものがあって」
「お、おまえが言えと言ったくせに……莫迦! ああ、もぉ……莫迦!」
火照った顔を互いに背ける。しかし、バッシュの手はレェンの手を握ったままだったし、レェンの方も振りほどこうとはしなかった。
勇者の仲間たちは、もう何も言わなかった。
ぱきっ……とアイの足もとで床が割れ、エルトのまわりに無数の人魂が漂い、マウサの艶っぽい唇から何かの呪文が垂れ流しになったが――まあ、それだけだ。
三人が三人とも、輝きの失せた瞳で凝視している。
当然という顔でバッシュの隣に立つ『邪悪の化身』天魔王アズモウドを。
◇
かくしてこの夜、永きに渡る人魔の戦争が『一応』終わった。
しかし、何とも皮肉なことに――
新たな争乱の火種が、ここで生まれたのである。
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