あり得ない宣言
「「「え?」」」
三人ぶんの声が、きれいに重なる。
勇者が歩む〈大いなる探索〉は、例外なく、魔王征討の旅である。
その最終局面で、勇者は魔王と手を取り合い――
その道連れたる姫騎士、聖女、大魔導師の三人は、完全に置き去りにされていた。
南国パランサの民芸品みたいな虚無顔で、三人は勇者と魔王の会話を聞く。
「バッシュ……おまえは……莫迦だ!」
天魔王――バッシュは『レェン』と呼んだ――が、叱りつけるように言った。
「のこのこと……こんなところまで来て……!」
「来るさ。約束したじゃないか」
「あ、あんなものは口約束だ! 私が罠を張って待ち構えているとは思わないのか!?」
「切り抜けるよ。俺は勇者だし、仲間はみんな強いから」
「自惚れるな! 何かあってからでは……遅いんだぞ……!?」
「だけど、何もなかった。君が俺を信じて、攻撃を待ってくれたおかげだ」
「それは……おまえたちが攻撃しなかったから……!」
綺麗な顔を背け、隠すように涙を払う。その仕草は傍目にも可憐であり、健気であり、バッシュの瞳に優しさがあふれたとしても、やむを得ないことだった。
ふんわりと暖かな空気が、戦いに疲れた勇者と魔王を包む。
まるで二人だけの世界だが――もちろん、ここには彼の連れがいる。
「え~っと……ごめんね? ちょっとよくわかんないんだけど……」
天真爛漫な彼女らしからぬ歯切れの悪さで、遠慮がちに姫騎士アイが問う。
「二人は知り合いだった……ってことなのかな?」
「あ――うん、黙っててごめん。旅のあいだ、何度か逢う機会があって」
バッシュはようやく仲間たちに向き直り、説明を始めた。
「聞いてくれ、アイ。みんなも」
普段の彼らしい誠実な態度だが、さり気なく魔王を背中に隠したのがよくない。ほの見えた敵への気配りが、仲間たちの神経を逆撫でする。
「旅のあいだ、俺はずっと考えてたんだ。俺には勇者の使命がある。この世界を救わなくちゃならない」
「――そうだよ! だからわたしたち、ずっと旅してきたんでしょ!?」
アイの声に抗議の色がにじむ。バッシュはうなずき、
「じゃあ、世界を救うって何だ? どうすればそうなる?」
「それは……天魔王を討って、魔界の門を閉じて!」
「アイの言う通りよ。さもなければ、魔族を根絶やしにするしかないわ」
マウサがアイに同調する。エルトは何も言わなかったが、不満をこらえているのが見てとれた。三人の想いは一致している。そして、その主張はもっともだ。
だが、バッシュは首を横に振った。
「いや、違う。〈聖戦〉が戦争である以上、終わらせる方法はひとつしかない」
「まさか――講和……だとでも?」
はっとしたように、マウサが言う。
我が意を得たり。バッシュは破顔し、うなずいた。
「そうです、お師匠。魔族も人です。俺たちと同じ言葉を話し、同じ大地に生きられる。魔族が敵というのは、今のこの『状況』に過ぎない」
バッシュは自分の手袋を外し、右手の甲――そこに刻まれた勇者の証〈勇気の聖痕〉を見つめた。その神聖な紋様は、先代勇者も、その前の勇者も、さらにその前も、それこそ神話の御代から受け継がれてきたものだ。
「天魔王を討っても、次の天魔王が即位する。勇者が死んでも、この聖痕がほかの誰かに受け継がれるだけだ。こんなことは――俺たちの代で終わらせたい。そのためには、互いに譲歩し合い、手を取り合うしかない。だから、俺たち」
レェンの白い手を取り、優しく握って、宣言する。
「結婚しようと思う」
「「「は?」」」
またしても、仲間たちの声が重なった。
凍りつくような温度感まで、見事に一致していた。
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