決戦
煌々と輝く三つの月に、邪竜の魂を宿す魔石を掲げる。
魔石から閃光がほとばしり、一直線に天魔宮へとのびた。
重力のくびきを解かれた一行は、時空の裂け目に吸い込まれていく。
そちらに向かって落ちて行くような、独特の浮遊感。たちまち天魔宮が近付いて、黒光りする威容が眼前に迫った。
マウサが魔法で風を起こし、一行を安全に着地させる。降り立ったのは高層階のひらけた場所で、邪竜騎兵の発着に使われるとおぼしき区画だった。
さすがは敵の本拠。天魔宮はすべてが巨大で、広大だ。
人間の建築技術では、数世紀かけても完成しないのではないか。材質不明の黒い建材が、ぴっちり隙間なく組み上げられ、急峻のごとき城塞を構築している。
その広さ、壮麗さ、堅牢さに度肝を抜かれた後は、別の驚きが浮上する。
アイが腰の細剣を抜き、怪訝そうにあたりを見回した。
「敵のお城なのに……すごく、静か」
「油断してはだめよ。強い気配が無数にあるわ」
「隠れてこちらを見張っている……のでしょうか?」
エルトの周囲に聖霊――冷たく燃える人魂――が浮かび上がり、燐光を放った。周辺の邪気に反応したようだが、敵兵の姿はどこにも見えない。
マウサはくるりと魔杖を回し、炎の大蛇を身体に這わせた。
「挨拶しましょうか? 派手に燃やせば、あぶり出せると思うけど」
「待ってマウサさん。さっきバッシュが言ってたこと――バッシュ!?」
アイの声が高くなる。気がつけば、勇者の背中がずいぶん遠い。
バッシュは既に駆け出して、単身、中央の建物を目指していた。
「バッシュってば! 聞こえてないの!?」
「……らしくないわね。何かに急かされてるみたい」
「このままでは、はぐれてしまいます!」
三人は顔を見合わせ、そして、うなずき合った。
「何があっても――」
「バッシュ様を信じましょう!」
「追うわ! 乗って!」
マウサが呼び出した魔法の絨毯で、バッシュを追いかける。
バッシュは迷わず突き進む。道順を知っているわけではなく、どうやらただひたすらに、中心、中央を選んでいるらしい。確かにそのやり方で、一行はどんどん近付いて行く――王たる者が待つ場所、すなわち玉座へ!
古代樫の巨木が入りそうなくらい、天井の高い広間に出る。
人間の城で言えば、謁見の間に相当するのだろう。
馬車がすれ違えそうな幅の赤絨毯。そのはるか先、巨人の剣を突き立てたような大玉座の前に、小さな人影が立っていた。
あまりに不調和な光景に、三人の乙女たちは息をのむ。
この宮殿、この玉座に在る者は、どんな怪物だろうかと思っていた。
だが今そこにいたのは、肩当ての上からでもそうとわかる、か細い輪郭。
座して勇者を迎えるふてぶてしさも、そのようにふるまう余裕もない。心ざわめき落ち着かず、ただ突っ立っているしかなかったような、ひとりの少女だ。
灰のように白い肌、細くなめらかな銀髪、紅玉の瞳が美しい。
こめかみのあたりから、太古の巻貝のような、見事な角が生えている。
少し幼さが残る面立ちながら、その美貌は彫像のように隙がない。
確かに、王者の風格は備わっている。つまり、彼女こそ――
「レェン!」
少女の完璧なたたずまいが、バッシュの声を聞いた途端、崩れた。
「バッシュ……!」
紅い眼が揺れる。ほの見えたのは驚き。そして、少しの怯え。
バッシュは止まらず、一直線に彼女――天魔王アズモウドの間合いに突っ込んだ。
まさか、そのまま斬り結ぶつもりか?
肝を冷やす仲間たちの前で、勇者と魔王は手を取り合い、見つめ合った。
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