燕たちの戦い ⑫〈撃墜〉

 8mm機銃の発砲炎が機首にひらめき、乾いた銃声と連続する反動に機体が震える。同調装置(※)に調律された8mm機銃弾は3翔プロペラの間隙かんげきを抜け、2秒間の掃射で70発を超える弾雨が重戦闘機に送り込まれていく。


 敵機は今も機首に隠れて見えない。しかし、経験から機銃の命中を確信したアイリーンは操縦桿を手前に引き寄せ、僅かにラダーペダルを左に踏む。右旋回を行う愛機の鼻先を更に右上へと引き上げた後、スロットルレバーに設けられたを押し込んだ。


 轟音と衝撃がアイリーンの身を叩く。〈Typ-109〉の細く小柄な体躯から巨大な火球が吐き出され、8mm機銃とは比べ物にならない大音響が空間を甲走った。

 プロペラスピナーの中心から5発の短連射バーストで撃ち出された30mm砲弾は、緩やかな弧を描きながら重戦闘機に吸い込まれていく。


 3発は外れ、うち2発が防弾能力に乏しいコックピット上面に着弾。弾頭はキャノピーを粉砕し、胴体の中心部までめり込んだ直後に信管が作動。封入された70gの炸薬が破壊的な力を発揮したのは、この瞬間だった。


 重戦闘機は空気を入れすぎた風船のように内部から膨れ上がり、爆発。3000℃の熱と音速の10倍の速さで膨れ上がる爆風・破片によって、形状の変形を強制された機体は、たるのように太い空冷式エンジンを両翼と共に空中に放り出した。


 黒煙と炎を噴き出して細切こまぎれになった機体は、内部構造物を四方八方に撒き散らしていく。当然、その中には2名の敵操縦手も含まれる。


 彼女は飛散する破片を避けるために左横転ロールを打ち、反転急降下。コックピットの真横を、千切れた敵の翼が燃えながら擦過していく。

 

 爆散した重戦闘機を一瞥いちべつすらせず、アイリーンは新たな脅威が無いか周囲を見渡した。後方、上方、左右を確認し、機体を鋭く半ロールさせて死角である下方の安全を確かめ、再び水平飛行へ。


 敵は居なかった。代わりに、視界を霞ませるほどの黒煙が辺りに乱立している。


 アイリーンは、立ち昇る煙を切り裂きながら下方から接近してくる編隊に気付き、目を凝らした。単発・単葉の小柄な輪郭シルエット――横隊で飛行する味方機の群れだった。


 やや先行して飛ぶ先導機と、後方に続く機体の総数は10機。第一中隊だ。彼らが降下攻撃を成功させ、残敵を掃討したのだろう。


 味方を目視した彼女は喜びよりも、暗鬱あんうつな気分が胸中を支配していくのを感じた。当然かも知れない。独断で編隊を離脱し、命令を無視して突撃。抗命罪を言い渡されても弁解のしようがない。一部始終を仲間のほぼ全員に目撃されているうえ、意図的に無線まで切ったのだから――。


 ふと、そこで無線を切っていた事に気が付き、慌てて通信機の電源を入れた。直後、レシーバーからパリパリと紙を裂くような音が響き、聞き慣れた声で無線が入った。


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※同調装置

機首機銃を撃つ際、自機のプロペラを撃ち抜かないようにするための機構。

エンジンの回転に合わせ、銃の発射間隔を調整する重要な装置で、カム、ギアを組み合わせた機械式が広く使われるが、電磁弁ソレノイドバルブ式も存在する。


同調装置が開発させる以前は、発射した弾丸がプロペラに当たる事は避けられないとして、プロペラ自体を装甲化して耐弾性を設けたり、直撃した弾を受け流すような工夫が施されていたが、こうした耐久性には限界がある。


射撃をする度に「いつプロペラが折れるのか」と常に気にしながら戦うのは、大変な重圧であったと言われる。

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