燕たちの戦い ⑥〈戦隊長の怒り〉

「第一中隊、突撃用意!」


 炎と黒煙にかすみ始めた空の下、回避行動蛇行機動をとる双発の重戦闘機をにらみながら、ツバメ01は部下に攻撃準備を命じた。


 シュヴァルベ隊は連携によって奇襲攻撃を成功させ、航空優勢を確立しつつある。しかし、戦隊長である彼の内心は煮えたぎるような怒りに支配されていた。


(——クソったれめ!)

 

 勝利を目前にしているにも関わらず、戦隊長ツバメ01を激怒させている理由のは、重戦闘機〈Yak-2F〉を低空へ誘引し、散開を命じた直後に起きていた。


 2機1組ロッテに分かれた編隊の一つが敵機の火線かせんに捉えられ、一瞬にしてされたのだ。


 重戦闘機の正面、攻撃範囲キル・ゾーンには絶対に入ってはいけない――陸・空を問わず、多くの将兵たちにそう言わしめる凄まじい火力が、ツバメのように小柄な〈Typ-109〉の後方から襲い掛かった。


 1インチ25.4mm機関砲4門、50口径12.7mm機関銃6門による斉射を受けた機体はすべての尾翼をもぎ取られ、全身から炎を噴き出しながら錐揉きりもみおちいり、急激に高度を落としていく。


 空に黒煙の円弧を幾重いくえにも描きながら墜落する〈Typ-109〉。胴体にとペイントされた機体に向けて、第一中隊の全員が口々に「脱出しろ」と無線で呼びかけるが応答はなく、半壊したキャノピーの中に見える人影に動く気配はない。


 錐揉きりもみによる回転が生むで、機内に張り付けられて動けなくなるのは、パイロットの間ではよく知られた話だった。ツバメ03が脱出しないのはそうした事が原因なのか、それとも既に絶命しているのか――誰にも判別がつかない。


 分かっている事は、高度700mを切る低空である為、墜落まで7秒前後しか残されていない事。そして、パイロットは最期の瞬間まで脱出しなかった、という事実だけだった。


 機体は雪原に墜落し、爆散。一際ひときわ大きな炎と共に真っ黒な煙が立ち昇る。それが、第一中隊・第二小隊長を務めたツバメ03の墓標となった。


 戦隊長ツバメ01を激高させるが生起したのは、その直後だった。


 長機リーダーを失ったツバメ04が突如として編隊から離脱。重戦闘機の正面から単独で突撃を開始したのである。


「04、04、直ちに編隊に戻れ!」


 悲しみに沈むいとまもない戦隊長ツバメ01は、泡を食ったまま機外に視線を向けた。その先には60度の大きなバンク角を取り、右急旋回を行いながら遠ざかる部下04の機体。

 既に200m以上は離れていた。スロットルを全開にしているらしく、排気管から激しい燃焼炎アフターファイアまたたいている。


「ツバメ04、貴様まで死ぬ気か」


 応答はない。しばし空電ノイズが流れた後、感情の存在を疑いたくなる程の静謐せいひつ声色こわいろで、

《こちら04、無線機に不調を認む。これより交戦に入る。通信終リ》

 と返答の後、ブツリと短い重音――クリック・ノイズが響く。


 ふざけやがって。あいつ、故意にワザと無線機の電源を切りやがった!

 怒りに充血した目で遠ざかるツバメ04の後ろ姿を見た時、戦隊長ツバメ01は強いを覚えた。


 進行方向に対する機体の向きが明らかにおかしい。真っ直ぐ飛んでいるように見えるが、機首が


(そうか、そういう事か――)


 針路を見誤らせるようなその動きに、ふと思い当たるモノがある。当然だった。彼女に空戦を叩き込んだのは、他ならぬ彼自身だからだ。


「――横滑りスリップか!」


 戦隊長ツバメ01は酸素マスクの下で口角を吊り上げた。あの女、自分の長機上官とされて、ただなって突っ込んだワケじゃねェらしいな――そう察してスロットルを最大まで上げ、上昇気味の右旋回に移行。


 冷えた初冬の空気を吸い込んだ液冷倒立V型12気筒エンジンが咆哮ほうこうし、1200馬力の脈動に機体が震える。


「第一中隊、我に続け。ツバメ04が引き付ける間に、高度を稼ぐ」


 各機から《了解》の返答を聞きながら、眼下を飛ぶ5機の重戦闘機編隊に真正面から突っ込んでいくツバメ04を睨みつけた。


 じゃじゃ馬め、後で手荒く教育してやる。それまで絶対に死ぬんじゃねェぞ――。

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