燕たちの戦い ④〈低空への降下〉

 雲海の合間から降り注ぐ陽光の中、鈍い光を反射させる30もの機影。

 フォルモール帝国が生み出したそうはつふく戦闘攻撃機〈Yak-2F〉――通称「重戦闘機」の群れが、機首を下げて高度を落し始める。攻撃態勢に入ったのだ。


(敵の数と火力は我々を大きく上回っている。だが――条件を整えれば十分に勝算はある)

 第一中隊を先導するツバメ01は、上空から緩降下かんこうかで向かって来る重戦闘機の編隊を見据えながら、そう考えていた。


 航空機同士の戦闘では、より高度が高い方が有利に立つ。何故なら、空戦で最も重要なのは「速度」だからだ。上昇や旋回はもちろん、あらゆる空中戦闘機動コンバット・マニューバは、。どれほど優れた戦闘機であっても、そのことわりからは逃れられない。(これはジェットエンジンを搭載する時代になろうとも、同じ事である)


 そして、速度を稼ぐ一番の方法は「高度を下げる事」だ。より正確に述べるなら、高度という位置エネルギーを速度に変換する方法が最も効率に優れる。これは、激しい機動を繰り返す空中戦において、短時間で速度を回復させる唯一の手段といってもいい。


 高度が高ければ高いほど、速度を生み出すエネルギーを多く蓄えている――。この原則に従うなら、シュヴァルベ隊が不利な状況である事は明らかだった。重戦闘機より500mも低い位置を飛行しているからだ。


 だが、ツバメ01は冷静だった。見上げた先で急速に拡大する機影を見詰めながら、敵の有効射程に飛び込むまで残り10秒もない事を理解している。

 作戦を実行に移す好機は、今をおいて他にはない。そう判断し、部下へ命令を発した。


「第一中隊、交戦開始! 我に続け!」 


 燕のような〈Typ-109〉の群れは胴体に抱えていてた増槽ぞうそうを一斉に投棄。油送管パイプの中に残留していた燃料が空中で白い尾をいた直後、鋭く左に急横転ロール斜線陣エシュロンの最左翼から順次、反転急降下で重戦闘機〈Yak-2F〉の下に潜り込む動きを見せた。


 この機動には理由がある。両翼に12.7mm.50口径機銃を6門、胴体下部に1インチ25.4mm機関砲4門を搭載した重戦闘機に、真っ向から勝負を挑むのは愚策だからだ。

 空中戦において最も攻撃しにくい下方死角に逃げ込む、という目的もあるが、真の狙いは別にある。

 

 一連の動きに呼応するように重戦闘機〈Yak-2F〉は機首を更に下げ、低空に逃げ込む〈Typ-109〉に喰らい付く動きを見せた。当然だった。この戦闘は東ヴォルフ自治区のパイロット達にとって、現時点で30機対12機という2倍以上の戦力差がある優位な状態で開始され、高度もまさっている。戦闘機乗りにとって、この好機を逃す理由はない。


 高度2000mから一気に1000mにまで降下した第一中隊は水平飛行に移り、緩やかに左旋回を開始。降下時の速度が乗っているため、速度計は時速600kmを超えている。その後方、パワーダイブで追尾してきた重戦闘機の群れが続く。


 本来ならこの時点で散開を命じ、2機1組によるロッテ隊形に移行しなくては危険な状況だった。だが、第一中隊は散開せず、旋回半径を段階的に小さくしていく。


(そうだ、いいぞ。ついてこい――)


 ツバメ01はキャノピーに顔を押し付けるようにして、追尾してくる重戦闘機を何度も振り返って確認しつつ、更に高度を下げながら旋回半径を狭める。

 敵に対し「もう少しで射線に捉えられる」とを与える危険な試みは、ほぼ理想的な形で成功しつつあった。


 旋回Gに耐えながら速度計を見た。時速630kmあった速度は、今や300kmにまで減じている。

(現在高度700m――よし、頃合いだな)

 ツバメ01はレシーバーのスイッチを入れ、叫ぶように言った。


「第一中隊、散開! 第二中隊は直ちに降下、攻撃はじめ!」


 左旋回を続けていた第一中隊は一斉に翼をひるがえして左右へ分散ブレイク。直後、シュヴァルベ隊・第二中隊が雲海の中から姿を現した。

 

 12機の戦闘機は垂直に近い角度で降下し、両翼端から伸びる純白の航跡雲――ヴェイパー・トレイルを空間に刻み付けながら、重戦闘機〈Yak-2F〉の直上から襲い掛かった。


 罠は閉じられ、獰猛な燕たちの狩りが始まろうとしている。

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