08 - 月曜日は役場で身バレ(題オチ)

「――成程、それはまた赴任早々、災難でしたなぁ」


 課長席に座って苦笑しているのはK-市長公室の地域活力推進課の長、即ち私の直属の上司でもある霧山課長。

 その鷹揚な口調とは裏腹に、どっちかと言えば市役所の管理職というより特撮映画の防衛軍の隊長さんの方が似合いそうなイケオジ(失礼)である。


「あはは……全く以て、お恥ずかしい次第で……」


 登庁一番、赴任の挨拶に向かった私から昨日の顛末を聞いた霧山課長の困惑も察して余りある。うぅ……いきなり馘首クビにならないわよね……。


「――とは言え、早速ひとつ、課題が出来ましたな。我が市は確かに交通の便が良いとは言えないし、その数少ない交通手段にしてもまだまだ啓蒙の必要がありそうだ。そこを実際に体験したあなたなら、同じ立場の人に対してどう啓発すべきか、地元で慣れてしまっておる我々より寄り添えるのではないですかな?」

「――っ!! そう、ですね。私も考え方を改めないと」


 自分のドジっぷりに恥じ入るばかりで沈んでいたが、逆に考えればいいのか。

 そうなるとむしろ私などは初心者of初心者、これ以上の初心者サンプルは無い訳だ(開き直り)。

 要は自分でも解りやすいレベルのものに出来れば良いんだわ!!


「その前に、赴任前のオンライン面接でも申しましたが、先ずはオリエンテーリングも兼ねて今回の目玉施設での体験宿泊を行って頂きます」

「はいっ。一応、荷物は纏めて参りました!!」

「その後、正式採用に併せて居住場所と必要ならば車輌を貸し出しますので、先ずは貴方の席――に荷物を置かれて、パソコン等の説明やこちらでの業務の説明を受けて下さい――千降ちふるさーん!!」

「はい」

「菱美さんに説明をお願い」

「畏まりました――こちらへ」

「はい、宜しくお願いします!!」


 課長からご指名のあった女性――千降ちふる夕起子ゆきこさんは私より半周り程年上の、モデルか秘書が似合いそうなおかっぱ髪のクールビューティさん。

 彼女から詳しい説明を聴きながらも、折に触れて昨夜のことをついつい思い返してしまう。いかんいかん、全集中しろ真理子ー!!


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


 先日、密林神社(仮称)からの夕景を堪能した後、駐車場の閉門時間が近づいていたため慌てて戻る羽目になった私たちは、沈む夕陽を受けつつ帰路に就いた。

 私は今度こそ物の見事にグロッキーである。今日だけで普段の1週間分は走ったわ……もー駄目……普段の運動不足が祟ったわね……。

 彼も疲れているとは思うのだが、しれっと運転をしている。うぅ……申し訳ぇです……。


 そこからがまた大変で、慌ててホテルを探し、なんとか間に合った宿に駆け込んだら疲れが一気に来たか、途端にバタンキュー。

 なんてこったい。真理子さん一生の不覚である。落ち着いてお礼を言う暇も名前を聞く暇も無かったわ……。


 ――今までのは声に出て無かったわよね!? (疑心暗鬼)


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


「――以上で大まかな説明は終わりです。細かいことは都度、わたくしに訊いて下さい」

「はい、ありがとうございます」


 PCの中をざっと確認し、自分のアカウントやパスワードを脳に刻み込み、あとは活動に必要なSNSや動画チャンネルのアカウントの準備。

 名前どうしよっかなー。千降さんは体験宿泊の後でも良いとは言ってたけど、体験宿泊の動画とかも早く上げたいしなー。

 あ、一応こっちにものアカウント登録しとくかな、一応。


 なんてことをやってるうちにもうお昼。体験宿泊のチェックインは夕方からなので、お昼を食べてからの移動となる。

 市役所地下の売店で買ってきたサンドイッチを頬張りつつ、PCの快適な大画面でいつもの――我が日々の潤いたる投稿小説サイト『W×R』の著者ページを開く。

 ちょっと個人的な事情があってこの件は履歴書の趣味・特技欄には入れてなかったんだけど、昨夜はバタンキューで寝る前の更新チェックが出来なかったので、そろそろ我慢の限界だったのだ――やべ、ちょっとジャンキーになりつつあるのかしら、私!?

 よしよし、アレとアレは新しいの来てるわね。あら、感想も来てるわ。ありがてぇありがてぇ。これで真理子はあと10日は戦える!!(負けフラグ)


 ほくほく顔で絶品の黒豚カツサンドを頬張る私に何処かで聞いたような声が聞こえてくる。

 どうも向こうで霧山課長と話している様子で、用が済んだのか、私の後ろを通り抜けて出て行く――ところに、その霧山課長から声が掛かった。


「あぁ、丁度良かった、菱美さん!! そちら、ウチの非公式の外部協力員じゃ」

「それ、どっちかというと霧山さんの個人的な協力員でしょうが」

 言われた彼は苦笑した様子で答えた。

「えぇじゃねぇか、また焼酎のぇモン、持ってっちゃるが」

「どっちみち殆ど祖父母と両親が呑んじまうんですがそれは(´・ω・`)」

 はっはっは!!と笑って誤魔化し(?)た霧山課長は、私に、

「今回の資料写真を撮ってきてくれたんで、後でそっちにも送っとく。暇な時に見とってな。なかなか面白い所やっで」

 はぁ、と頷く私。千降さんも他の人たちも微苦笑しているので、これはここのいつもの風景なのだろうと察する。

「まぁ、そういう訳であんたも顔を合わすこともあろうから――ほれ、ダンの字、自己紹介せんかぃ」

「昭次さんも人使いが荒いなぁ……はいはい――あー、まぁ、そういう訳で、宜しくお願い……しま……す」


 挨拶をしようと彼の方を振り向いた私は驚いていたが、彼もまた驚いていた。だが、その視線は私ではなく私の背後――正確には私のPCの画面に釘付けになっている。

 んん? 何か変なもの開いてたかしら? えっちなサイトとかは開いてないわよね?

 ――などと一瞬不安にかられた私の耳に飛び込んで来た声は、正に想定外な青天の霹靂あおいイナズマ


「――クロさん……?」


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


『黒騎士さんの近況報告:20**年12月15日


 ドタバタだったけど、無事引っ越し完了なう。

 新天地で心機一転、gannbarimas』

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