06 - ありがちな危機一髪

「――や、やっぱり私の躰が目当てだったのねっ!!」


 そして私の心は闇に染まっていく。

 きっと今から、伏せ字になるようなあんなことやこんなことをされちゃうんだわっ!! 薄い本のように!! 薄い本のように!!

 彼は先程から沈黙を守っている。俯いた顔、小刻みに揺れる肩。

 あぁ――胸が苦しい。目の前が赤く染まっていく。お父ちゃん、お母ちゃん、おバカな娘でごめんね――。


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


「――おぉ!?」

 密林の奥に鎮座まします目にも鮮やかな朱塗りの鳥居。

 こんなトロピカルな風景に純和風の鳥居があるというミスマッチ感!!

 私も散々、異世界の風景を想像してきたけど、現実は時として想像を軽~く超えて来る。

 これ、ネタに使えそうだな、メモメモ。と、心のメモ帳に風景をメモっていく。


 鳥居の前で揃って一礼、私はスマホ、彼は一眼と例のクラシックなカメラを交互に構えて撮りつつ鳥居の先に見える階段を登る。


 撮りつつ階段を登る。

 階段を登る。

 階段を……、

 登……る……。


「――ちょ、ちょっと、ちょっと、タンマ!!」


 ん? 前を行くと彼が振り向いた。


「か、階段、長くないですか!?」

「そうか? 金刀比羅ことひらさんからすりゃ可愛いモンやろ?」

「その基準が既におかしいー!!」

「じゃっで残っちょけ言うたがね。都会っ子にゃキツかったか、やっぱぃ」


 む。

 都会っ子=もやしっ子とかテンプレなこと考えてやがるなコレ。

 失礼な。馬鹿にされた都会っの悔しさ、見せてやるー!!


「だ、大丈夫ですっ!! 想定より長いなーって思っただけですからっ!!」


 怒りにまかせて階段を踏みしめ踏みしめ登って行く。階段を彼の顔に見立てたのは秘密だ。

 怒りの電流でパワーアップしたストロング真理子ちゃんは呆れ顔の彼を追い越しぐいぐいと登って行った。すごいよ!!マリコさん!!


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


「……はぁ、はぁ、ふぅ、ヴ……ヴぇ……も……もぉ、無理……死ぬ……死んだ……_(┐「ε¦)_~(「ε¦)0」

「急に駆け上がるからじゃ。参拝したら暫く休んどき(´・ω・`)」


 今度こそ完全に呆れ顔の彼と礼拝を終えると――そういやこんな状況でも礼拝だけは欠かさないのね――神様には申し訳ないが拝殿の前にへたり込む。

 彼は拝殿周辺の撮影に没頭しており、2台のカメラを取っ替え引っ替え忙しそうだ。そういやとても小振りで可愛らしいな、このおやしろ


「そう言えば、ここの神様ってどちらなんですかねー?」

伊邪那岐命いざなきのみこと伊邪那美命いざなみのみことやな、確か」

「ぅえ!? オリジン・オブ・ジャパンだ!!」

「欧米かw まぁ、元々は海岸の洞窟にあったようじゃから、合祀されとる外御子命六神そとみこのみことろくしんの方が本来の神様かも知れんが」

綿津見わたつみトリオと筒男つつのおトリオですか……海と水……岬だし、やっぱりそっち系の神様ですよねー……」

「トリオてw まぁ、伊邪那岐いざなきさんはその六柱の産みの親やしなぁ。合祀されても不自然じゃぁないが」


 日本神話界のゴッドファーザーたる伊邪那岐命いざなきのみこと様が黄泉の国から這々の体で戦略的撤退した後に、その身に付いた穢れを近くの川で洗い落としたときに産まれたのが先の外御子命六神そとみこのみことろくしん。海関係担当の綿津見わたつみトリオと水関係担当の筒男つつのおトリオの計6柱のユニットである。どこぞのアイドルグループみたいだな。あと合体しそうw

 綿津見の名を持つ神はこのトリオの前に大綿津見神おおわたつみのかみという方もいらっしゃってかなり紛らわしい。いずれにせよ海の神様らしく、全国の海沿いにある神社で祭られていることが多い神様だ。

 筒男トリオは、むしろ別称の住吉三神の方が有名だろう。我が国の神社の中でも最高クラスの格を持つ神社のひとつ、大阪の住吉大社の御祭神ごさいじんであらせられる。

 ただ、どちらも神話中ではこれといったエピは無く、そのため日本神話成立以前からあった民間信仰や土着の神様の名残であろうとも言われている。いずれにしても謎が多い神様ではあるのよね。むしろその方が色々と妄想が捗るのだけれど……。


 デュフフフ……と疲れもあってあらぬ方向に妄想が暴走し始めて我に返る。やべ、ちょっとよだれ出てたか!?

 そういや、やけに静かねーと思ったら、そろそろ日が傾き掛けていた。

 彼は写真を撮るのを止めて、こちらをじーっと見ている……っぽいんだけど、逆光で顔がよく見えない。

 え、ちょっと何で黙ってるのよやだ怖い。

 表情をよく見ようと眼を凝らすも、夕陽が眩しくて無理だ。

 ちょ、黙ってないで何か言ってよー!!

 彼は無言のまま、こちらへ一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくる。な、なんだこの圧は。

 ま、まさか……(( ;゚Д゚)))


「――や、やっぱり私の躰が目当てだったのねっ!!」


 そして私の心は闇に染まっていく。

 きっと今から、伏せ字になるようなあんなことやこんなことをされちゃうんだわっ!! 薄い本のように!! 薄い本のように!!

 私の言葉に歩みを止めた彼は、先程から沈黙を守っている。俯いた顔、小刻みに揺れる肩。

 あぁ――胸が苦しい。目の前が赤く染まっていく。お父ちゃん、お母ちゃん、おバカな娘でごめんね――。


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


『近況報告に返信がありました:20**年12月14日


 [From] ほくとななを


 マジかー!! なんたる偶然!! そこウチの地元圏内!!

 もしかしたら何処かですれ違ってたかも……!?』

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