02 - ありがちな文例集

 そして今、私は"車窓の人"になっている。

 ごととん、ごととん、とのんびり揺れる在来線の振動が心地よい。

 傷心の旅sentimental journeyはこれに限るわね。新幹線は確かに快適だけど、流石にこの場面じゃ味も素っ気もありゃしないもの。

 とは言え、このスピード感だと途中で一泊は確定だなぁ(´・ω・`)

 ……些か懐が心許ないが。駅近エキチカで安い宿ってあるかしら。検索検索。


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


「――婚約破棄、やと!?」

 家に帰るなり、私から先の顛末を聞いた父はそのおおきな目を剥いて宣った。

「なんでまた、そんな」

 母も訝しげに言う。

「だから、言うた通りなんやない? あの様子じゃ、今度こそ本命みたいやし」

「また選りに選って間熊まぐま先生センセーとこのお嬢さんかいな……うーむ……」

「選りに選って?」

「いや、あの先生センセーはなぁ……そういうことになったら即断即決、下手すりゃもう今頃式の日取りまで決めてるかも知らん」

「そないな、お父さん、いくら何でも」

「いや、やりおるで、あの人は。ゴリ押しの強さにかけちゃ県下一と豪語してはるお人やからな」

「県下一w 天下一やなくて?」

「真理子、そこわろたらアカンw 御本人が目の前に居ったら怒るでw」

「お父ちゃんもわろてるやないw」

「――ん、むむ。話が逸れたな。それはそうと、大丈夫なんか、お前?」

「そうよ、真理子。あんたさっきからけらけらしとるけど――」

「それがねぇ、意外と平気なのよねぇ。まぁ、菁児さんてそもそもあーゆう人やったし、ある意味想定の範囲内、みたいな?」

「あんた、そんな身も蓋も無い――」

「いや、それは真理子の言う通りや。儂も元々乗り気では無かったんやが、親父とあちらさんの先代との約束もあった手前、強くは断れなくてなぁ――済まん、真理子」

「そこはお父ちゃんが謝るとこや無いよ。私かて承知の上で受けたんやし。――まぁ、正直ここまでとは思わんかったけど(´・ω・`)」

「それな。――しかし春田さん、どうするんかいな?」


 ピンポーン♪


「――なんや、こんな時間に」

「はいはい、只今――」


 母がぱたぱたと玄関へ駆けて行く。二言三言、遣り取りの後、戻ってきた母の顔は赤くなったり青くなったりと忙しそうだった。


「おいおい母さん、オモロイ顔してどないしたんや」

「――どーもこーも、見て下さいな、!!」


 母が差し出した一通の封書。

 なんか手触りの良さそうな大礼紙の封筒は金の箔押しで縁取られている。うわ、これ高そうなヤツ。

 封はされておらず、中には同じような紙質の厚手の往復はがきのようなものが入っており、母がそれを開いて父に見せていた。

 そして、それを一読した父も母と同じく顔が赤くなったり青くなったり――。


「な……な……な……!!」

「ぷぷぷ……ちょwww、お父ちゃん、お母ちゃん、二人して何オモロイ顔してるのよwww」

「真理子、アンタそんな人ごとみたいに――」

「こ、こ、こ、これを怒らずとして何とする!!」

「お父ちゃん、口調がどこぞの名探偵になっとるw」

「笑いごとやないわーい!! ――一寸ちょっと行ってくるわ!!」

「ちょっとお父さん、今から何処へ――?」

「判っとるやろ母さん、春田ンとこや。寝言は寝て言えと――」

「ちょちょちょ、お父ちゃんお母ちゃん、ウチにも解るように説明してー!! 出来れば三行で!!」


 どうも例の件が原因らしいが、一人蚊帳の外で事情もさっぱり判らず(゚Д゚)ポカーンな私を尻目に怒り心頭天元突破の父とそれを必死に宥め賺す母に叫ぶ。

 それで漸く我に返ったのか、


「――お、おぉ、そうやったな。済まん済まん、儂としたことが」

「さっき持って来られたの、やったんよ」


 母が先程の封書を差し出した。

 中に入っていた二つ折りの紙を開く。お、きちんと角丸になってるな。

 その紙に書かれていたのは――。


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


 謹啓 初春の候


 皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます


 このたび 私たちは結婚式を挙げることとなりました

 つきましては 末永くご懇情をいただきたく

 ささやかですが粗餐を用意させていただきました


 ご多用中まことに恐縮でございますが

 ぜひご出席賜りますようお願い申し上げます


 謹白


 令和**年12月吉日

 春田菁児

 間熊綺羅


 日時 20**年6月*日(日曜日)午前10時~

 場所 ホテルニューシルヴィ

     H-県 K-市 N-区 **** *-**-**

     TEL:07*-***-****


 お手数ながら ご都合の程を2月1日迄にお知らせください


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


「――ぅわぉΣ(°Д°;」


 思わず変な声出たー!!

 な、なんだこの用意周到さ……手回しが良すぎて震えるレベルだわこれ……(( ;゚Д゚)))


「――儂が怒り狂ったの、解るやろ?」

「……あー……ははは……ソウデスネー」


 もう腹立つの通り越して引くわコレ。もーヤダ、これ絶対、金輪際関わっちゃアカン人種やー!!


「――今、持って来はったって事は、着々と外堀は埋めてはったみたいやねぇ」

「恐らくあの馬鹿息子が親父殿に得意満面にご注進しよったんで、慌てて配って回っとるんやろ。ご苦労さんなこっちゃでホンマ」


 彼――既に元・婚約者となった春田菁児の呼び名がもう"馬鹿息子"に格下げになっているw 解り易いなぁ、お父ちゃん。


「まぁエエわ。春田の方は儂らに任せとき。――で、真理子、ホンマにエエんやな?」

「エエも何も、ここまでやられちゃ後はもう勝手にやってーって感じよ、実際」

「それにしても、春田さんも他にやりようもあったやろに――」

「この手回しの速さはむしろ間熊センセやろ。春田の阿呆にンな面の皮も手際もあるかいなw」


 とうとうあっちのお父上まで阿呆呼ばわりか、お父ちゃんw


「そいで真理子、どないする? 暫くは籠もっとくか? いっそのこと気晴らしにどっか行くか?」


 お、おぅ、いきなり甘やかしモードですか、お父ちゃん。イカツい強面と物言いでこれだ。このギャップにやられたんやろなぁ、お母ちゃん。


「――それなんやけどさ、婚約話が決まる前に、応募してた件がありまして――」


 スマホのメールアプリを開いて両親の前に差し出す。


「そもそも受かるかも判んなかったし、菁児さんにかまけててすっかり忘れてたんだけど――」


 その画面を見た両親の顔が固まっている。


「なんか審査に受かっちゃったみたいなんだけど……これ、行ってもいいかな?」


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †


 [件名] 選考結果のご連絡


 [from] K-市 地域活力推進課 地域おこし協力隊担当


 [本文] 菱美真理子 様


 K-市 地域活力推進課 地域おこし協力隊担当 霧山と申します。

 当市の地域おこし協力隊にご応募頂き、誠にありがとうございました。

 厳正なる審査の結果、菱美様を地域おこし協力隊員として採用させていただく運びとなりましたことをご報告差し上げます。

 菱美様のお越しを職員一同お待ちしております。

 勤務条件なども含めまして、詳細は添付してあるPDFをご覧ください。

 この度、私どもの志に賛同、ご応募いただきましたことを心より感謝いたします。

 メールにて恐縮ですが、取り急ぎご連絡申し上げます。


 採用に関して、ご不明な点等ございましたら、以下の電話番号にご連絡ください。

 099*-**-****

 どうぞよろしくお願いいたします。


 K-市 地域活力推進課 地域おこし協力隊担当 霧山昭次


 ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ † ¶ ♂ ☆ § ◇ ♀ †



『近況報告に返信がありました:20**年12月12日


 [From] ほくとななを


 見捨てやしませんてば。泣くなw てか何があったん、クロさん?』

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