再びの出会い

 明晴あきはる叔父と次に会ったのは、父方の祖父の兄弟が亡くなった時だ。私は高校生になっていた。

 私の家は父の実家から離れていたし、あの葬式以降も付き合いは薄かった。だからやはり葬儀の時は、見知らぬ他人を送る気分だった。それでも小学生の頃よりは周りの状況も分かっていて、誰がどういうつながりの人かはおおよそ把握できた。


 小学生の時に集まったのは親戚の家だったが、その時は斎場が会場となっていた。

 白い壁に、テーブルには白いクロス。冴えない黄色や白、紫の仏花が並び、黒い折り畳み椅子の置かれた会場は、どことなく落ち着かない雰囲気だった。

 季節は冬で、冷たい雨が降っていた。その寒さのせいか、照明のせいか、それとも皆の表情が冴えないせいか、誰も彼も病人のように青褪あおざめた顔に見えた。

 親戚の家で和気あいあいと行われた葬式とは大違いで、私は緊張していた。


 待合室で座っている間、身の置き所がなく、さりとて親しく声を掛けられる親戚もおらず、私は結局以前と同じようにぼうっとしていた。

 その時、軽くとんとんと肩を叩かれた。振り向くと、黒いスーツの上下に身を包んだ男の人が立っていた。剃り忘れたのかその暇も無かったのか、あごにはまばらに髭が生えていて、黒々とした印象の顔だった。銀色の眼鏡のフレームだけが、やたらに眩しく光って見えた。


美祢みねちゃんだよね。はいこれ、葬儀の前に食べる立飯たちはんだよ」

 そう言って小さめの弁当箱が差し出されて、私はやっと気がついた。声を掛けてくれたのは明晴叔父だった。

 髭のせいか、長く会っていなかったせいか、印象が随分変わっていたので気付かなかった。

 弁当箱を受け取りながら、私は叔父の顔をまじまじと見てしまった。


 その頃の私は、同級生たちの多くが異性に関心を持ち始めていて、頻繁に友人から恋愛の相談を受けていた。相談だけでなく、友人からの口伝えで、誰それが美弥を好きだと言っていた、あの人は絶対気があるんだよ、などという事も言われていた。

 けれど私は、そういう話にはどうも関心が持てなかった。もちろん恋愛に興味がないわけではない。ただ、同じ年ごろの男子はまだまだ可愛く無責任な男の子、という印象が強かった。街を歩いて異性として目に入るのは、子供を持つ年頃の落ち着いた男性ばかりだった。


 そんな私にとって、この時見た明晴叔父の顔や仕草は、私が異性として強く意識する男性そのものだった。

 だからどうした、相手は父の弟で叔父だ、と言われればそれまでだ。そもそも日頃から付き合いがあるわけでもない。それどころから会うのは小学生の時以来だ。頭の中ではそう冷静な声がするのに、叔父が間近に立っているのを見ると、胸がざわざわとして仕方なかった。


 叔父はそんな私の内心には気付かないようだった。私の隣の椅子を音も立てずに引くと、ゆるりと座って自分の立飯の包みを解いた。

 その一挙一動をじっと見つめて、隣で固まっていると、叔父はようやく私が動かないことに気付いたらしかった。私と目を合わせると、手首を返して腕時計の一時辺りを指さした。


「お腹空いていないかも知れないけど、火葬が終わるまでかなり時間がかかるから、今のうちに食べておいた方がいいよ」

「そうなんですか?」

「前回は美祢ちゃん、花見に連れ出しちゃったからね。でも今回はそうもいかないし」


 当然のように気遣ってくれる叔父の言葉に、私は寸の間、息を止めてしまった。


 あの時私を連れ出してくれたのは、ただ暇だったからという訳ではなかったのだ。数年越しにその事に気が付いて、私は急に恥ずかしくなった。

 叔父はどんなに歳が近く見えても、父の兄弟、父と変わらない存在なのだという事を見せつけられた気分だった。最初に会った時、私は叔父に「若いお兄さん」という印象を抱いて、どこか親近感さえ感じていた。けれどあの時から叔父は「大人」だったのだ。

 勝手に親近感を持って、しかも異性として意識するなんて、私は恐れ知らずで世間知らずな子供そのものだ。そう思うと叔父の顔が見られなくなってしまった。


 私はうつむいて立飯の包みを開いた。野菜を巻いた巻き寿司と稲荷寿司が四つずつ入っていた。食べてみると、私の地元の寿司よりかなり甘い味付けだった。


 叔父はしばらく私をじっと見つめ、しかし何も言わずにまた立飯を食べ始めた。

 私の家では食事中に喋らないのが習慣で、叔父もそうだったらしい。無言の時間が流れ、それに耐えきれないような気分になってきた頃、叔父は口を開いた。

「こんな場所だとお酒が飲めないのは残念だね」

 眉を八の字にして笑う叔父は、本当に残念そうだった。

 そのあまりに正直な言葉と顔で、私は以前会った時の事を思い出した。叔父が一人でお酒を飲んでいたのは、本当にお酒が好きで、ゆっくり味わって楽しみたかったのだろうと、そう思った。


「でも私はまだ飲めませんよ」

 なんとなく釘を刺すと、叔父は意外そうに眉を上げた。

「おや、今回は断るのかい?」

「駄目って言ったの、明晴叔父さんじゃないですか」

「あはは、そう言えばそんなこと言ったなあ」

 叔父はそう言うと、食べ終わった容器を私の手から取って捨てに行った。


 きっと私の顔は、隠しようもなく赤くなっていたのだろう。それに対して何も言わずにいてくれたのは、叔父の優しさだったのだと思う。

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