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青木が死んでから、残された僕たちはなんとなく集まることが少なくなった。それはたぶん、集まると一人足りないことを強く意識してしまうからだ。青木個人にはそれほど印象は持っていなかったが、一人欠けたことで、強烈に悲しい印象を与える。この新鮮な体験に困惑することも多かった。
川村は表面上は何事もなかったかのように取り繕っていたが、端々にぎこちなさが見えた。一緒に帰らないかと誘うと、「ごめん、今日はパス」と言って、部活の引退試合前に一人で残って遅くまで自主練することが多くなった。
そういう時は柏崎と帰ることが多かった。柏崎は男にしては髪が長い方で、将来ゲームを作るのだと豪語して、プログラミングの勉強をしていると言っていた。
「C言語っていうの? なんか難しいらしいけど、ゲームが作れるらしいぜ」
「ふぅん。僕も作ってみようかな。なんかあるじゃん。RPGツクールって」
「でも、もっと本格的なやつ作りたいだろ!」
「わかる」
そんな会話が多かった。そして柏崎は次第に学校にも部活にも顔を見せなくなっていた。元々彼はまじめな方ではなかった。話して楽しい奴だったのに、と悲しい気分になった。
青木が死んでも泣かなかったモッチーが、その日初めて泣いた。
正確には、初めて泣くのを見たというべきだ。
美術の授業だった。人物画を書くというテーマで、皆が画板に向かっていた。何を参考にしてもよく、他の生徒の似顔絵を描いている人も居れば、写真集を持参して模写をしている人もいた。僕はというと……川村とモッチーの特徴をどちらも持っている架空の人物を描いた。下手すぎて本人たちには何も伝わっていなかった。
モッチーは絵を描くのに集中していた。その姿はまさに画家といった雰囲気を醸し出していた。こめかみには汗が一筋流れていた。初夏の滲むような暑さがそうさせているのか、集中力故なのかは分からなかった。
モッチーのキャンバスを見て、僕は衝撃を受けた。青木に似た女性が黒いワンピースを着て、こちらを振り向いている絵だ。そうだ。青木ってこんな雰囲気だった。その黒衣の青木の姿は僕の人生に強く印象付けられた。
話しかけることもためらわれるのでじっと見ていると、カマキリのような顔の美術教師が
「あら! あなたの絵、上手だけど、こことこことここが変ね! ちょっと貸して」
と言ってモッチーの握っていた絵筆を強引に奪い取り、手を加えていった。
モッチーは唖然としていた。僕も見ていることしかできなかった。この先生は、よく生徒の作品に手を加えるのだ。僕も何回もやられた。
「うん、こんな感じかしらね」
自分に満足した美術教師は、絵筆をモッチーに返し、去っていった。残された絵は大きく変わってはいないが、ところどころに垣間見えていたモッチーらしさを消し去っていた。
その絵は『メメント・モリ』というタイトルで教室の壁に展示された。肌色を使わず、白と黒の完全なモノクロームで表された人物画は、周りの作品に比べて異彩を放っていた。
放課後、川村が部活に出て行ったあと、教室で漫画を読んでいると、モッチーが机に顔を伏せっているのに気が付いた。肩が震えていて泣いているのがわかった。
「モッチー」
「……」
「あの先生さ、ひどいよな」
「……クズだよ」
「うん」
「大人ってさ、クズばっかじゃん」
「……」
ジーィジーィと蝉が鳴き始める。部活の掛け声が聞こえてきて、それだけだった。
「でも僕、先生が手を入れる前のモッチーの絵が好きだよ」
「当たり前だろ」
「あれ、青木でしょ?」
「うん」
青木の顔を僕はもう覚えていない。あの絵で青木への印象は上書きされてしまったのだ。
「青木が死ぬ前にみんなで写真撮っておけば良かったね」
僕がそう言うと、モッチーは伏せていた顔を少し持ち上げて、目だけをこちらに向けた。
「写真は、撮られると魂を抜かれるから嫌」
「え?」
「知らない?」
「知らないよ。なにそれ?」
「そのまんまの意味」
モッチーはそんなことをよく言った。どこで得た知識なのだか。大半はインターネットだろう。他にも黒魔術の方法とか、まだ見ぬ東京の恐るべきスポットだとか、アブナイことも知っていた。
「怖いね」
「でも卒業する前には写真撮らなきゃいけないんだよね。嫌だなぁ」
「学生証の写真撮るときもそんな感じだったの?」
「いや。その時はまだそんなこと思ってなかったから」
「モッチーってさ、そういうことどこで知るの?」
「2chのオカルト板」
「やっぱり」
「やっぱりって何?」
「何でもないって。ね、なんでモッチーって絵が上手いの?」
「そりゃ、好きだからだよ」
「そりゃそうか。好きこそものの上手なれっていうもんね」
「そうだよ」
「なんで、絵を描くのが好きなの?」
「うーん。世界を作れるからかなぁ」
「世界を作れる……かぁ」
壮大な話だなぁと僕は独りごちた。
モッチーはティッシュで泣いた跡を拭き取ると帰る支度を始めた。
「帰るの?」
「うん。君は、部活は?」
「不真面目だから」
「後悔するよ」
「モッチーだって部活サボってるじゃん」
「今日はトラブルがあったからね。明日からは通常運転。あ、でも顧問あいつなんだよなぁー。もうやめてやろうかな」
あはは、と僕が笑うと「じゃあね、メメント・モリ」と言ってモッチーは教室を出て行った。
結局、モッチーは引退するまで部活を辞めなかった。夏が終わるころに開かれたコンクールにもちゃんと参加し、入賞を果たしていた。『十二音階』と名付けられた絵はやはり周囲に異彩を放っていた。中学生の女の子が十二段の階段に爪を立て、よじ登って大人に成長している絵で、力強いタッチが特徴的だった。
モッチー曰く「簡単に大人になれちゃったら、それは腐ったことと同義でしょ」らしい。
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