13_命を吸う大樹

 エレベーターがきしんだ音を立てながら、春野と今野を上へと持ち上げていく。


 春野は、目の前に立つ今野に対してなかなか投げかける言葉が出てこなかった。今の状況が、自分にとって良くない方向に進んでいっている嫌な予感を感じていた。


「あの男も馬鹿な男ね。見事に私の考えた罠にはまるんだから」


 今野は、エレベーターから見える景色を見ながら、言った。


 春野も、恐る恐る今野が見ている方を見た。


「な、なに……あれ」


 春野は、視界に広がるおぞましい光景に思わず腰を抜かし驚きの声を出した。


 春野が見た光景。それは、巨大な大木の枝に、葉っぱのように吊り下げられている人々の光景だった。人々はまだ呼吸をしていて、死んではいない。


 みんな、笑ってる。


 ぶら下がっている人々は苦痛を訴えるのではなく、不自然な笑みを浮かべていた。


「あの子たちは、選定の儀で選ばれなかった人間たちよ。ああやって、大木がいい夢を見させて、彼らの影力えいりょくを吸って成長しているの」


「なんて、恐ろしいことを。信じられない」


 今野の話を聞いて、春野の中で恐怖が湧き上がり戦慄せんりつが走り抜ける。


「あなたも、選定の儀の結果次第では、ああなるのよ。と言っても、ほとんどの人間があんな感じに大木の養分として生かされる運命だけどね」


 春野はようやく今の状況がとてつもなく危険な状況であることを確信した。


 ここから、この人から、なんとか逃げないと。


 春野は身体を動かそうとするが、あることに気づく。


 身体が動かない。なんで……。


  身体を見ると、いつの間にか影が春野の身体にぐるぐると巻き付いており、春野の動きを止めていた。


「逃げようなんて思わないことね。影術えいじゅつを使えないあなたがここから一人で逃げ出すことなんて、不可能よ。逃げる前に、殺されるのがオチ」


「どうして、あなたは味方だと思ってたのに。なんのために私を選定の儀に連れて行くの?」


 今野は、動けなくなっている春野の元に行くと、懐からびんを取り出し、中に入っている赤い液体を春野の頭にどさっと注ぎ込んだ。


 そして、今野は春野をさげすむような目つきで話した。


「あなたの味方な訳ないじゃない!反吐へどが出るわ。全ては演技よ。倉内は、あなたを助け出そうとしていた。あの男がいる限り、自由には動けなかった」


「……」


 注がれた液体が春野の頬を涙のように優しく伝ってしたたる。春野は放心状態だった。頭が真っ白になって、考えがまとまらない。


 放心状態の春野の周りを、今野はゆっくりと歩きながら、続けて春野に言葉を浴びせかける。


「私達は、強い影力を持った魂を持った人間を探しているの。もしあなたがその人間なら、ああならずに済むかもね」


 今野は、大木に吊り下げられた人々を見ながら、言った。春野は、大木に繋がれた人々の姿を見て、拳を強く握りしめる。


 私は、このまま、大木に吊り下げられるの。そんなのごめんよ。


 なんとしても、生きてここから出る。


 私は、まだ大切な人に、思いを伝えられてはいないのだから。


 ふと、春野の頭に、黒瀬の姿が浮かんだ。


「私は、あなたに屈しない!」

 

 春野は、深呼吸をして心を落ち着かせると、思いっきり力を込めて、今野が操る影から抜け出そうとする。


「無駄よ。あなたは、その影の拘束こうそくからは逃れることはできな……」


 咄嗟とっさに、今野は春野に起こっている異変を感じた。影力は、強い思いに比例して、強くなる。絶望的な状況が、皮肉にも、春野の中に眠る影力を引き出していた。


 春野をしばる影が、彼女の力に押されて除々に緩んでいく。


 まずい、破られる。


 このままでは、自分の影術は、破られてしまう。そのことに気づいて、彼女が行動に出るまでが早かった。


 今野がエレベーターの壁に手をやると、その壁一面に影に覆われる。


「出てきて。虚母うつぼちゃん」


 今野の叫び声とともに、春野は、壁一面を覆う影に何変えたいのしれないものが出てくるのが見えた。それを視界に捉えた瞬間、彼女は、彼の名前を呼んだ。


「黒瀬くん……」


 ガッ。


 その0.0001秒後、影から現れた得たいの知れない巨大な何かが、大きな口を開け、春野を一気に丸飲みしたーー。


 ◆◆◆


「倉内剣山の様子はどうだ?ダーカー10体と戦闘中のはずだ。生きているはずがないが生存を確認しろ」


「分かった。数km先に奴がいる。スコープを覗いて今すぐ確認する」


「どうだ。奴の姿を確認したか?」


「ふふふふ、はははははは」


「どうした、突然、笑い声を上げて……」


「ありゃ……、化け物だ。A級10体を一人で倒してやがる」


「そんなことが……ただの人間にそんなことができるはずがない」


「なんだ、あいつ、こちらを見たような」


「そんな訳があるはずがないだろ!奴は数km先にいるんだろ」


「ああ、そのはずなんだが、やはり気のせいか。奴はどこに行った。こっちに迫って………ぐっ」


「どうした!何があった!応答しろ!」


「……」


「おい、まさか奴にやられたとでも言うのか」


「そのまさかだ。お前たちの親玉に伝えろ。俺は、今最悪な気分だ。必ずお前をただでは置かないってな」



 

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