14_光の道

「一花!?」


 黒瀬は、春野が自分を呼んだような気がして、周囲を見た。当然、周りに春野の姿はない。


「どうしたの?いきなり、真剣な顔つきになって」


 紅園が、黒瀬の様子を見て問いかける。黒瀬は、紅園の方を振り向き答える。


「なんとなく、一花に名前を呼ばれた気がして。なんだか、嫌な予感がする。急ごう。この道の先に行けば、影の世界に行けるんだね」


 黒瀬たちが歩く光の道は、まっすぐと前方に伸びている。


「ええ、この道を通れば、影の世界アンブラに行けるはずよ。だけど、気をつけて。この光の道を踏み外せば、漆黒しっこくの闇に落ちることになるから」


 黒瀬たちは、人間界と影の世界との間にいた。そこは、漆黒の闇に包まれた空間が見渡す限り広がっている。春野が作り出した光の道を辿って前へ、ただ前へと進んでいる。


 黒瀬は、光の道から、どこまでも続く暗闇に目線を移した。


「漆黒の闇……落ちたらどうなるんだろう。考えるだけで恐ろしいな」


 今にも吸い込まれそうな深い暗闇に、黒瀬は恐怖を感じた。


 光の道は遥か遠方まで伸びていた。扉に入り、1時間くらいは経っているが、影の世界の入口らしきものは一向に現れる気配がない。


「影の世界にたどり着くのはまだまだかかりそうだな。だいたい、どれくらいで影の世界には行けるもんなんだ?」


「たいていはあと3時間くらいかかるわ。だけど、焦りは禁物よ。不安な時ほど、心を落ち着かせて冷静に物事を見るの。焦って、ダーカーに命を奪われた人たちを何度か見てきたから……」


 紅園は、悲しそうな表情を浮かべた。


 影隠師は、常に死と隣り合わせだ。これまでに、多くの仲間たちがダーカーとの戦いに破れ命を落としたものもいるのだろう。ダーカーとの戦いを終わらせる方法はないのだろうか。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 突如、どこかから音が聞こえた。まるで暗闇に包まれた空間自体が激しく揺れているような巨大でいびつな音だ。


 紅園は、周囲の異変から、状況の深刻さに気づいた。


「おかしい。空間が不安定になっている。今までこんなことなかったのに……」


「紅園、後ろを見て!」


 後ろに伸びていた光の道が、黒瀬たちの方に向かってものすごい勢いで音を立てて、崩れ消えていく。


「紅園、行こう!ここが崩れ去ってしまわないうちに」


 黒瀬は、すぐに頭を切り替えて紅園の手をとると、前方に走った。


 異変を感じてからの判断が早い。


 少し前まで、私があなたを引っ張っていたのに、今は私があなたに引っ張られてる。


 負けては居られないわね。


 不思議と、あなたとなら、どんな困難でも乗り越えられそうな気になってくる。


 黒瀬に連れられながら、紅園がそんなことを考えていた瞬間だった。

 

「あれ?」


 急に、光の道を踏み込む感覚がなくなり、紅園の体が暗闇の底に向かって落下し始める。


 嘘でしょ……急に、光の道が消えた。暗闇の深淵しんえんへと沈んでいく。

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