12_裏切り

 何が起こったの……。


 春野は、音がした方を見た。


 一本の木が球体によって穴が空けられていた。


 そこから、視線を横に移動させると、倉内がダーカーの首を剣で切り裂いているところが見えた。切り裂かれたダーカーの顔が宙を舞い、地面に落下すると、影に溶け込んで消えていく。


「俺はまだこんなところで死ねないんだよ。妻を殺したあいつを見つけ出すまではな」


 倉内は、剣を構え、辺りを警戒けいかいしながら言った。彼は、かろやかにダーカーの攻撃を回避し、態勢たいせいを立て直すと瞬時に剣で振り首を切り裂いていた。


「何が起こったのか分からなかった。あんな一瞬で敵を倒してしまうなんて」


 春野が、倉内の底知れない実力を垣間見て驚いた。


「まだだ!まだ、このダーカーを倒せてはいない。コアを持つ本体がこの中にいるはずだ!」


 倉内は、油断をするなと言わんばかりの叫び声が上げた。


 この中にいる……。


 春野は、いくつもの殺気と気配を感じて、周囲をすかさず見渡した。


「どうして、どうして、私はあなたを愛しているのに……」

「どうして、どうして、私はあなたを愛しているのに……」

「どうして、どうして、私はあなたを愛しているのに……」

「どうして、どうして、私はあなたを愛しているのに……」


 ダーカー4体が春野たちのほうにゆっくりと近づいてきて、同時に声を重ねて話しかけてきた。


 黒瀬くんがいっぱい。


 常軌じょうきを逸した光景に、春野は思わず佇んでしまっていた。それを見て、倉内は叫んだ。


「ここは危ない!お前は今野と一緒に逃げろ!こいつらは、俺一人でやる」


 春野は、少しずつ歩いて近づいてくるダーカーたちの姿を見て、叫ぶ。


「いくら何でも一人置いて逃げるなんてできないよ!」


「心配するな!俺はこんなところで、死なない。必ず勝つ。だから、お前らだけでここから離れろ」


 倉内は、春野にそう言うと、今野の方に向かって神妙な面持ちで話した。


「今野、頼んだぞ」


 倉内の言葉に、今野は、少し沈黙した後、言った。


「……ええ、分かったわ。行きましょう。春野さん」


 今野は、そう言って春野をどこかに連れて行く。春野を連れていく今野は、感情を表に出さず無表情だった。


 倉内は、春野たちがどこかに行くのを見送った後、妻の姿をしたダーカーたちを見た。


 何回、俺に大切な人を殺させるつもりだ……。


 倉内は、妻の姿をしたダーカー4体の背後に広がる光景を見て、自ずと剣を握る力が強まった。


 数えきれないほどのダーカーたちが、4体に続いて倉内の方に向かって歩き迫っていた。それも全員、倉内の大切な人の姿をしている。


 こりゃ、流石に本気を出さないとやばいかもな。


 倉内が、剣を構えると同時に、ダーカーたちは、漆黒の球体を生み出し宙に浮かべた。


 そして、ダーカーたちは一斉に、倉内の方を指差すと、宙に浮かんでいた無数の球体が、倉内の方に向かって勢いよく直進する。


 その直後、凄まじい爆発音がとどろき、辺りに花びらを散らす。


「倉内さんが……」


 今野とともに、少し離れたところにいた春野は、爆発音を聞き、倉内のいた方を振り返る。倉内からいたところからは、黒い煙が青空に向かって伸びていた。


「こっちよ」


 今野は、なんだかの呪文を唱えると、扉が現れた。その扉に、一緒に入るように春野に言った。


「でも……」


 春野は、倉内を置いて、二人だけでどこかに行くことに後ろめたい気持ちになっていた。


「早く」


 今野は、そう言って春野の片手を握り扉の中に連れて行く。


 扉の先は、巨大なエレベーターの中に繋がっていた。二人が通ると、扉は消えてなくなった。


「これで、あの男は追ってこれない」


 扉が消え去った後、今野は、呟いた。


「あの男って誰のことですか?」


 春野は、今野が何を言っているのか分からなかった。


「倉内剣山」


「……」


 今野が、倉内の名前を言った瞬間、春野は今の状況が理解できなくなって、言葉が出てこなくなった。


 ガタン。


 沈黙する中、エレベーターが音を立てて上に上がり始める。先程まで無表情だった今野は、急に笑顔を浮かべて、春野を見ると言った。

 

「さあ、行きましょう。選定の儀に」


 

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