第2話 寂しくてツーリング

 深夜0時を回った…。私は目が冴えて眠れないでいる。昨日一日すごく楽しかった。付き合って半年経つ彼氏とデートに出かけたのだ。一日ドキドキしっぱなしだった。さりげなく道側を歩いてくれたり、ちょっとした贈り物をくれたりして、そんな彼のやさしさにまた惚れ直した。夕方にお互いの家に帰ってからたった数時間しか経っていないのに、私はまた彼に会いたくなっていた。一人暮らしの夜は寂しい…。できることなら、今すぐにでも会いたい…。今すぐに私のいるこのマンションに来てもらって抱きしめてほしい…。つくづく自分が欲張りだということに気づいて苦笑する。思い切って彼に電話をかけてみようかな?確か今日は夜中から大学の男友達と遊びに行ってくるって言っていた。私も知っている人だし、他の女の子がいないことも知っている。彼が今日の別れ際に言っていたからだ。彼の友達たちにも事実確認を取ったうえで安心して「いってらっしゃい」を言った。今頃も彼は友達数人とカラオケにでも行って楽しんでいるんだろう。ボーイズナイトとかいうんだっけ?よく知らないけど、男友達同士で楽しんでいるのに水を差すのは忍びないとも思う…。それでも、なんだか寂しさで胸が押しつぶされそうな気がする。やっぱりどうしても彼に会いたい…私は彼に電話をかけてみることにした。カラオケ内だと着信音が聞こえづらくて出てくれない可能性だってあるけど…彼が気づいてくれるという可能性に賭けることにした。1コールをいつもより長く感じながら待っていると、5コールぐらいで彼は電話に出てくれた。

 「もしもし?ミヤビ(私の名前)ちゃん、どうかしたの?」

 日中にも聞いた低くて優しい安心する声だ…。私は、一瞬言葉に詰まりつつも彼に事情を説明した。

 「優(彼の名前)くん、こんな夜中にごめんね…?なんだか急に寂しくなっちゃって…。」

 私が「会いに来てほしい」というのをためらっていると、私の後に続けるように彼が言った。

 「そういうことか~、じゃあ今からミヤビちゃんのとこまで行こうか?」

 私は飛び上がりそうなほどに驚いた。彼は私の心でも読めるのだろうか。自分から言おうと思ってたくせに、いざとなるとやっぱり水を差すのが怖くなっていた。そこに彼がまた付け足す。

 「遊んでたみんなはこっから参加自由で別のとこ行く話してたけど、僕はもう帰るつもりだったしね。心配しなくても場をしらけさせるようなことにはならないよ」

 本当に彼はエスパーの類か何かだろうか。驚きを隠せない私だったが、それよりも、口はほぼ勝手に動いた。

 「うん!じゃあ待ってる!」

 「よし来た、できるだけすぐ行くからね~」

 そう交わして電話を切ると、私はにやけ顔を抑えることができなかった。やけにソワソワしながら待つこと10分ほど、マンションの駐車場のほうに、聞きなれた彼のバイクのエンジン音が聞こえてきた。急いで駐車場に向かうと、ヘルメットのシールドを開けた彼が自分の愛車を止めていた。

 「優くん!」

 「お待たせ、ミヤビちゃん」

 名前を呼ぶなり私は彼の胸に飛び込んだ。彼の着ているライダースジャケットが肌にひんやりと感じられたが、私は自分の体の芯が暖かくなっていくような感覚を覚えていた。彼の手が私の頭に触れる、グローブをしているため少しゴツゴツした感じがするが、大きくて安心する手だ。彼の腕の中で安心していると、彼の後ろのバイクのことを思い出して私は彼に言った。

 「ねぇ優くん、少しだけツーリングに連れてってくれない?」

 「また突然だね、全然いいよ」

 そう言って彼は、私を抱きしめている手をほどき、私をバイクに乗せる準備を始めてくれた。少しして、彼が「どうぞ」と言ったので、私は持って降りてきていたヘルメットをかぶり、彼のバイクのタンデムシートにまたがった。彼が私を乗せるためにカスタムしてくれたタンデムシートは、座り心地抜群だ。純正(カスタムなし)でバイクに乗るのが好きな彼が、わざわざ私のために、手すりになるパーツもつけてくれた。タンデムも慣れたもので、私は彼の邪魔にならないように左手を彼の左肩に置き、右手で手すりを掴んだ。

 「エンジンかけるよ~?」

 そう言って彼がスイッチを押すと、マフラーが振動してエンジンがかかった。彼が好きだと言っているこの音、私自身もこの音はなんだか好きだ。

 「発進するから、しっかりつかまってね~」

 ヘルメットのインカム越しに彼の声が聞こえる。私は「うん」と答えてそれぞれの手に力を入れなおした。バイクはゆっくりながら、力強く発進した。町のほうに出ると、コンビニとかのお店のライトが色とりどりに輝いていた。その光を、彼のバイクは反射しながら走っていく。彼のバイクは、彼が免許を取ってすぐに中古車で買ったものらしい。アメリカンという種類だそうで、中古車で買ったとは思えないほどきれいな車体で、ギラギラとしたマフラーやホイールなどのパーツがかっこいい。私もいつか免許を取ってこんな感じのバイクに乗って彼とツーリングに行ってみたい。そんなことを思っていると、インカムから彼の声がした。

 「ミヤビちゃん、寒くない?」

 「うん、大丈夫。ところで優くん私今から行ってほしいところがあるんだけど…。」

 「お~、どこ行きたいの?僕のライディングスキルで行ける範囲なら連れて行くよ~」

 本当に彼は優しい…。私は、その優しさに甘えて、近くの丘の上の展望台に行きたいと伝えた。彼は快諾して、15分ほどでその展望台に連れて行ってくれた。

 展望台につくと、空には満点の星空が広がっていた。私はつく前のコンビニで彼がおごってくれた缶のカフェラテを片手に夜空を眺めていた。夜空の中で、月がひときわ大きく輝いて見えた。振り向くと、彼はバイクにまたがったままコーヒー片手に私を見つめながら微笑んでいた。その優しい笑顔に私はまたドキドキした。私が、

 「つれてきてくれてありがとう」

 というと、

 「こっちこそ、来れてよかったよ、また来ようね」

 と言ってくれた。私は本当に素敵な彼氏を持ったと、心の底からそう思った。

 帰り道私たちは、あえて遠回りしながら帰路に就いた。インカムでおしゃべりしながら、幾度も彼のことを愛おしいと思った。そして私は、おもむろに彼のおなかに手をまわして、抱きつくような形でつかまった。

 「ありゃ?どうしてこっちにしたの?」

 「なんとなくこうしたかったから」

 「あはは、ミヤビちゃんは可愛いね」

 そう言って彼は、また道を一つ遠回りになる道のほうへと曲がった。

 彼の背中に体をくっつけながら私は考えた。今日こうやって彼が来てくれたのも、もしかしたら今夜の月が巡らせてくれたのかなぁなんて、夜空を見上げた後のせいか、しんみりとそんなことを考えた。ともかく、こんな夜中に私のわがままを聞いてくれた素敵な彼を、私はこれからも好きでいたいと思う。今夜の彼の背中は、いつもよりもさらに安心できるような気がした。それと、さっき考えていたバイクの免許を取るつもりだったことも、こうしてタンデムができるなら取らなくてもいいかなと思った。

 とにかく、今夜はいい夢が見れそうだ。

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