真夜中はつれずれ…

刀丸一之進

第1話 なんとなく花鳥風月

 月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる夜だ。ただ今の時刻は午前1時…。どういうわけか、いつもなら午後11時頃には眠りにつくはずの僕は寝付けないでいた。眠くないわけではないのだが、とにかく目をつぶっていても寝付けないのだ。別に寝付けないからと言ってそこまで困ることではない。今日は土曜だし、大学の講義もバイトもないし、かといって友達と遊びに行く約束もしていない。今寝れなくても、別に日中に寝ればいい…。眠いのに寝れないことよりも、僕は先ほどから胸にこみ上げてくるもやもやとした気持ちが気になっていた。特に悩みとか不安があるタイプではない、もしかしたら大学進学のために借りたこの部屋が原因かもしれない。部屋が気に食わないわけでは決してない。しかし、一人暮らしのために借りたこの部屋には、当然ながら僕以外の息遣いは感じられない。今まで、実家から学校に通ってきた僕にとっては楽しみであったのだが、一ヶ月ほどたつと何とも言えない寂しさを感じる。寂寥感という奴だろうか。僕は横になったままでいる気分ではなくなり、ベッドからおきあがった。

「つれずれなるままに…という奴かな?」

 僕は起き上がりながらそうつぶやいた。昔国語の授業で習ったやつだ、兼好法師の徒然草…だったかな?たしか{なんとなく気分が沈んでいる}みたいな意味があった気がする。まさか、数百年前の赤の他人のお坊さんの言葉に自分が当てはまるとは思わなかった。普段自分が考えないようなことを考えている自分がいることに気づいた僕は、思わず苦笑してしまった。苦笑したまま僕は立ち上がり、台所に置いてある小さな冷蔵庫を開けた。食材が少しと麦茶、そして僕の大好物の缶のコーラが冷やしてある。僕はコーラを手に取ってベランダに出た。見上げると、白く美しい光を放つ月と目が合った。

 (あなたも眠れないようですね、一杯付き合ってくださいよ。)

 ベランダと部屋の境目になっている引き戸の内側(部屋側)に腰掛け、頬杖を突きながら僕は心の中で月に言った。頬杖を突くのをやめて、缶のタブを起こす。聞きなれた「プシュッ」という音がして甘い匂いがした。

 「乾杯…。」

 小さくつぶやいて僕はコーラを口に含んだ。なんだか今夜のコーラは格別においしい気がする。さっきまでの胸の内にあったもやもやが、コーラのシュワシュワに溶けて行ったのだろうか。それとも月の光が僕の心を浄化してくれたのだろうか。さっきまでのもやもやはいつの間にか消えていた。ベランダから下のほうを見ると、入学式の時に満開だった桜がまだ少し残っている。これはいい、月見と花見が同時にできる。そう思っていると、今度は優しい夜風が吹いた。これは素晴らしい、「花鳥風月」のうち3つを一括で味わえた。何とも贅沢な夜だ。

 「なーんて、普段の僕じゃあ絶対に考えられないな。」

 また苦笑していると、遠くのほうでフクロウらしき鳴き声がした。思わず僕は吹き出した。コーラを口に含んでなくてよかった。まさかのコンプリートだ。

 (これもあなたのせい?)

 月に問いかけても返事はない。それでも、一連の出来事はなんだか月のおかげな気がした。

 (素敵な夜をありがとう。おやすみなさい。)

 またそのうち月に眠れない夜に付き合ってもらおうと決意しながら僕は部屋の中に引っ込んだ。なんだか今度こそぐっすり眠れる気がする。それに、いい夢が見れそうだ。

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