第3話
日曜日の夕方、公園のブランコを漕いでいる。隣のブランコには、セイジがじっと座っている。私は立ち漕ぎだ。ゆったりとしたやる気のない漕ぎ方なのは、右手にガリガリ君を持っているから。空色のアイスを私は吸う。氷に唇を押し当て、きゅうーっと吸い上げて、濃くて甘い汁だけを心ゆくまで味わう。セイジはガリガリ君をもぐもぐと食べている。もぐもぐ。もぐもぐ。一定のリズム。
「今夜、俺は魔女になる」と揺れもせずにセイジは言う。
「ふーん。魔女って男でもなれるんだ」
「清らかな体なら性別関係なくなれるらしい。つまり童貞か処女なら大丈夫だそうだ」
「変なの。処女とか気にするのって教会側でしょ、魔女側じゃなくて」
セイジは言葉に詰まった。
「令和の魔女は宗教とは関係ないんだ、多分……」
「ふーん」
よくわからない。きっとセイジもよくわかっていない。なんせインスタで新人魔女募集の書き込みを見て、それに雷に打たれたかのような感銘を受け、即応募して魔女になると言っているくらいなのだから。
「でもさ、良かったね、魔女になるっていう夢が見つかって」
「ああ」
「魔女になれたら夢が叶ったことになるわけだから、それってつまり夢をなくすことになる?」
「違うと思う」
「そうなんだ。じゃあ、良かったね」
「うん」
セイジは頷いてアイスを囓った。私はとっくに食べ終えて、木の棒を口の中で弄んでいる。
「おまえには夢ってないのか」
「ないね」
「欲しくないのか」
「欲しくもないね」どうせ無駄だし。
「進路は?」
「学費の安い国立大学に入って、4年遊ぶのが目標」
「つまんねー」
「ねー」
高校の美術の授業で、油絵を描く機会があった。自画像を描かされたのだが、私の自画像は首から血を流していた。血は自分で描いたのではない。完成した絵を乾かすために美術準備室に置いていたときに、誰かが描き足したようだ。特に理由もないけどこれは人に見られてはいけないという気がして、私はすぐさま血の部分の絵の具を削り落した。しかし、次の日にはまた血が出ていた。削っても削っても、キャンバスがむき出しになるほど絵の具を全部削っても、翌日にはまた私の首は血を流しているのだ。首筋がぞくぞくした。
魔女の話を聞くのにはうってつけの月曜日。
放課後の教室で、「俺、魔女になれた」とセイジが誇らしげに打ち明けてきた。
「どうやってなったの」
「昨日の深夜、森の集会場に行って、まず先輩魔女たちに自己紹介した」
「うん、挨拶は大事」
「LINEも交換した」
「今後の付き合いもあるだろうしね、大事」
「それで、みんなで裸になって、太鼓にあわせて踊っていたら射精していた」
「説明をいろいろ省略しすぎじゃん?」
「いや、本当にそういう感じだったんだ。足の裏で大地を感じて、体で空気を感じて、月明かりを肌に浴びて、太鼓とともに踊る。それは大地との性交だった」
「ふうん」
「初めてを大地に捧げた俺は、魔女として認められた」
結局のところ魔女とは何なのかわからずじまいだ。多分セイジもわかってない。それでも彼なりにスタートを切ったのだった。
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