第35話 いろいろな責任、義務と覚悟
「結論を言うとね、ジョニイは治せる」
瀬戸はまっすぐに、小春を見据えて言った。まるで小春の、瞳の奥の方に宿る人格を、見定めているかのようだった。
「バッテリーはこの、エースと同じものを使うつもりだし、今後バッテリーの消耗を防ぐ対策もしておくつもりだよ」
彼は続けてそう言い、小春は安堵した。安堵のあまり、肺の中の空気を全て吐き出すような、とても深い、たまらないほどの感嘆の声を漏らした。
エースは微笑んでいたけれど、瀬戸はぞっとするほど低い声で、次の言葉を吐いた。
「でもね、彼は変わってしまう」
小春は無意識に小首をかしげた。意味が分からなかったから。
「彼の知能の進化に合わせて、知能機械も少し変更しなくちゃならない。バッテリーの消耗を防ぐためにね。人間で言うなら……、脳をいじくるみたいなもんだ」
「脳をいじくる……」
小春は思わず呟いた。
「大丈夫。全然別人になるってわけじゃないよ」
怯える小春に、エースは優しく笑って言う。なんてことないさ、という風に。
「ただ、ひどく人間らしくなるけど、構わないかい?」
瀬戸は立ち上がり、ジョニイのベッドに軽くお尻をのせた。すらりとした長い脚を投げ出して、ぎゅっと腕を組む。
「えっと、つまり……?」
小春が尋ねると、エースが話しながら瀬戸の隣に向かう。
「人間のように感情豊かになるけれど、アンドロイドの従順さは、失われるかもしれないんだ。例えばほら」
そう言ってエースは、瀬戸の頭をはたいた。
「いてっ」
「こんなふうに、持ち主に手を挙げることもできる。文句や悪口を言ったり、人をバカにしたりするかもしれない。人間のように幸せな感情を抱くと共に、醜い感情も抱ける。極端なことを言うと、敵になるかもしれないんだ。それが知能の進化なんだ」
エースは瀬戸の頭を撫でながら言い、叩かれた瀬戸は文句も言わずに話を続ける。
「今はまだ、厳しい規制もないからね。もう少ししたらアンドロイドへの倫理的な指針や、法律なんかもできるはずだよ。反社会的なアンドロイドが出てきちゃったら困るだろう?」
「規制がないからこそ、持ち主が責任を負うことになる」
低く、重たい声で、マスターが口を開いた。
「でもね、小春ちゃんなら大丈夫だと思ったんだ。きちんとジョニイを大切にできる。彼に誤った感情を抱かせることなんてしないはずだってね」
重苦しい表情からぱっと優しい顔をして、マスターはお茶を飲みほした。
「でも万が一、彼が異常をきたして人の手に負えなくなったら、その時は必ず、私が責任を持って破壊するよ。それが作った者の義務だからね」
瀬戸は伏し目がちにジョニイを見つめる。
「僕もね、瀬戸さんが死んだら、全ての機能とデータを破壊できるようにインプットされてるんだ」
エースは相変わらず、ニコニコとしながら凄いことを言う。そんな彼に視線を移し、瀬戸ははっきりと、さっきよりもずっと低い声で告げた。
「少しでも不安があるのなら、この個体は引き渡してほしい」
小春の頭は、ぐわんぐわんと揺れた。これは耳鳴りかもしれない。
脳をいじくられたジョニイは別人になるかもしれなくて、もし敵になったら、生み出してくれた人の手によって破壊される。
名前も知らないSF映画のワンシーンが浮かぶ。どうしてもジョニイがそうなるなんて思えないし、想像もつかなかった。
頭を揺らしている小春を見かねて、エースが助け舟を出した。
「急に言われても困ると思うから、しばらく考えてみたらどうだろう?小春さんの気が済むまで。僕は……、そりゃできればずっと、ジョニイには小春さんと幸せに暮らしてほしい。でもそのためには、小春さんに、それ相応の覚悟が必要なんだ。もちろん、別の人を好きになったり、結婚したくなったり、子供が欲しくなったりするかもしれない。そのときに、彼が不要なら、僕たちが預かるよ。でもね、やっぱりそれは悲しいんだ。僕はアンドロイドだから、そう思うだけだけどね」
ずっと微笑んでいたエースが、最後だけ悲痛な顔をした。そんな彼の肩を抱いて、瀬戸は話す。
「そもそも私はゲイだしね。エース以上の伴侶はいないし、もともと結婚願望もなければ子供が欲しいとも思わなかった。でも君は違う。これから多くの可能性があるんだ。ジョニイのせいで、その可能性を失うことになるかもしれない」
ああそうか、そういうこともあるのか……。
小春は、自分に用意されているかもしれない、未来の可能性についてあまり考えたことがなかった。
「考えがまとまったら、その時にジョニイを治してもらおう」
マスターは優しく小春の頭に手を置く。
「はい……」
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