第31話 変わる世界
小春はそれから毎日、『美食ロボット』へ通った。
一人で起きて、簡単に朝食を摂り、出社して黙々と仕事をする。昼食は一人でコンビニに行って適当に食べ、また黙々と業務に励む。仕事が終わると、電車に乗って新宿へ向かう。ずっと眠っている、冷たい恋人にキスをして、料理子ちゃんの特製晩ご飯(マスターと同じメニューで、栄養バランスがいいらしい)を食べ、再びジョニイにキスをしてアパートに帰る。
もともと体力のない小春にとって、この日常はとても疲れるものだった。
だから、土曜はいつもお昼過ぎまで寝坊して、慌てて『美食ロボット』に向かう。土曜の夜は薫子とアダムが泊まりに来て、日曜には三人で新宿に行く。
みんなに助けられていた。
ジョニイのいない寂しさや、いなくなってしまう不安や恐怖。そんな恐ろしい感情を、決壊させずにきちんと抑えつけられたのは、みんなのおかげだった。
みんなの優しさが、ありがたくてありがたくて、たまらなかった。
彼らがいなかったら、小春はとっくに根を上げている。すっかり絶望して、何もかもをあきらめて、自分を呪って生きていると思う。
彼らの優しさにどっぷりと浸り、その幸福を噛みしめて、丁寧に咀嚼して飲み込んでいく。
体のなかが、与えられた優しさで満たされる。
そんな日々を過ごしていたら、小春の世界は少しずつ変化した。
今までずっと冷たかった世界が、柔らかく微笑んでいるように見えた。
暗い夜でも肌寒い雨の日でも、小春の世界には必ず太陽があって、いつも明るくてとても温かい。優しい世界に見えた。
これは本当に、不思議な体験だった。
満員電車でもイライラしなくなったし、困っている人がいたら助けてあげたくてうずうずした。
毎日、小春の机に悪口のメモを貼っていくどこかの誰かにも、「ご苦労様」とさえ思ってしまう。
人生で初めて、人を好きだと思った。
今までずっと、ハリネズミみたいに身体中をトゲトゲしたもので覆って、自分の心を守ってきた。そうやって誰も、優しい人も、小春の心を守ってくれる人だって近寄らせなかった。
自分はそれでも生きていける、小春はそう思っていたし、それに、そうして生きる方が楽だった。
でも、もうそんな風に生きられないかもしれない。
高校の教師が「人は一人では生きていけないんだよ」なんて言ったときには、「なぁにバカなこと言ってんだ」なんて思っていたけれど、本当にその通りだった。
きっとまたいつの日か、人を嫌いになる日もくると思う。
それでも、この感情を忘れたくはなかった。
小夜子が死んでからずっと、なんとなく気が引けて、動かしてはならないような気がして、自分で勝手に止めていた時間を、少しだけ進めてもいい気がした。
ほんの少しだけど、前に進もうと思った。
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