第21話 マスターと人生を軽くする人々


「ねぇ、このパジャマかわいいわね」


 小春とジョニイは、土曜日のデートを楽しんでいた。デートといっても、彼らはやっぱり買い物がメインになる。


 小春は夏用のパジャマを探していた。もちろんジョニイのものだ。


 こういう時、ジョニイが決まって言うセリフがある。


「小春ちゃんは買わないのですか?」


 小春は「そうねぇ」とか言いながら、やっぱりジョニイのパジャマを探している。


 結局、ジョニイ用のパジャマを2着、店員さんに渡す。


「こちら、レディースもございますよ」


 ふと女性の店員が言った。


「どこです?」


 小春より先にジョニイが声を上げた。



 結局二人はお揃いのパジャマを買った。シンプルな白と水色のストライプ柄で、薄手の柔らかな綿生地。小春はレディースのSサイズ、ジョニイはメンズのLサイズ。




 買い物が終わると、二人はのんびりと『美食ロボット』へ向かう。


 マスターはとても親切で、おしゃべりが大好きな人だった。

 二人が少し早めに来店すると、大喜びで『本日、貸切!』という紙を貼り付けてくれた。たとえ先客がいたとしても。

 そして、料理子ちゃん(料理専門アンドロイドとして、マスターによって改良された金髪の女性)の作る料理はどれもとびきりおいしくて、ボーイ君が作ってくれるお酒は、見た目も味も実に素晴らしかった。



「それにしても、料理子ちゃんなんて、大雑把すぎません?」


 小春はカウンターに座り、ボーイ君が作ってくれた紫色のカクテルを飲んでいる。スミレの花のリキュールで作られたそれは、小春の最も愛するカクテルになった。


「いやぁ、苦手なんだよねぇ」


 氷の入ったウィスキーを転がしながら、マスターは照れくさそうに言う。


「僕ね、本っ当に何もできないんだよ。ボーイ君がいなきゃお店なんて回せないし、料理子ちゃんがいないとご飯も作れない。彼女がいなかったら飢え死にしてるよ」


 カウンターの奥の、キッチンに続く小窓から、料理子ちゃんがニヤリと微笑んだ。


「実はね、僕の住処にはあと二体、アンドロイドがいるんだ。洗濯子ちゃんと、掃除子ちゃん」


 小春もジョニイも同時に吹き出した。


「なんといいますか、その……役割が分かりやすいお名前ですね」


 ジョニイがかろうじてそう言い、小春はケラケラ笑った。


「いやぁ、本当に機械いじり以外は全くダメでね。名前もすぐ忘れちゃったりするから、分かりやすいほうがいいかと思ってね」


 マスターもおかしそうに言う。


「今日も洗濯子ちゃんが起こしてくれなかったら、お店開けられなかったよ」


 マスターが言うと、ボーイ君がすぐさま口を出した。


「お店開けるはいつも私ですけどね」


「ああ、そっかぁ!」



 マスターは、アンドロイドと平等な関係を望んでいるようだった。

 だから彼は、料理子ちゃんやボーイ君に叱られたり、たしなめられたりする。そのたびに、「まいったねぇ」とか「ごめんごめん」とか言っていて、小春はそれを微笑ましく思う。


 マスターはマスターらしく、アンドロイドを愛しているのだ。

 薫子ちゃんや神楽さん、小春やジョニイのような、恋人や伴侶という愛し方ではなく、家族のようなもっと漠然とした愛情。

 恋愛なんかよりもずっと難しい、無条件で献身的な、どこまでも相手のための愛なのだと思う。




 そうしているうちに、薫子とアダムが元気よく店の扉を開ける。そして19時ぴったりに、神楽さんと伸子さんが手をつないでやって来る。



 小春はこの集まりがとても好きだった。

 気のいい人たちと、その人たちが愛するアンドロイドと食事をして、お喋りをするだけだけど、小春はこのひとときに、心から感謝していた。



 ここにいると、人生の重苦しさとか、悲しみとかがふっと軽くなる。


 ガチガチに固まって、心の中にこびりついてしまった過去の過ちや辛さが、ゆっくりと溶け出していく。そしてスムーズに体から抜けていくような、そんな感じがした。

 ちょうど、血栓が溶けて消え去り、心の中の血液循環が良くなるようなイメージ。


 これは小春にとって初めての経験だった。


 親戚のお兄ちゃんや、大好きだった小夜子と一緒にいても、一度も感じたことがない。


 親戚のお兄ちゃんといると楽しかったけれど、同時に家族からの孤立を強く感じていたし、帰り道はいつも孤独だった。

 小夜子と四六時中一緒にいたのは、二人とも孤独だったからだ。小夜子も寂しさを抱えていたので、二人はただお互いの孤独をごまかし合うことしかできなかった。



 そういうものとは少し違った。その場限りの楽しさでもなかったし、寂しさをごまかしているわけでも、忘れようとしているわけでもなかった。


 ただ、心の中の重たいものや真っ黒なもの、絶望とか孤独感とか、そういうものを「たいしたことないんだ」と思わせてくれる、不思議な人たちだった。


「自分は地獄の底にいる」と思っていても、「ちょっと熱い温泉につかってるだけよ、大丈夫」と言われているような、そんな感じだった。

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