第5章 幸せな日々と優しい人たち
第19話 ダブルデートと女の会話
桜はすっかり散ってしまって、五月も半ばに入ると初夏を感じる陽気となった。
小春とジョニイはあれから、毎週土曜日には必ず『美食ロボット』へ顔を出すようになった。
薫子やアダム、神楽さんや伸子さん、マスターやボーイくんと過ごす時間は本当に楽しかった。
集まりはいつも19時からなので、その前に二人は新宿でデートをする。
デートといっても、服や必要なものを買い足すことがメインだった。
しかし、今日は小春の人生で初めて、ダブルデートというものに誘われた。
デートらしいデートをしていない小春とジョニイに、薫子が提案したのだ。
「忘れ物ない?」
小春はジョニイに尋ねながら、バッグの中を確認する。
「大丈夫です。あとは鍵だけです」
白いシャツにデニムという初夏らしい格好をしたジョニイは、小春の前で鍵をチラつかせる。
「ああ、そうだったわ」
小春は安心した。ここ最近は二人で出かけてばかりで、鍵はジョニイに任せている。
彼が鍵を閉め、帰るまで大切に持ち歩き、帰宅したらまた彼が鍵を開ける。
これは、ジョニイへの絶大な信頼の証だ。
小春は今まで一度たりとも、誰かに自宅の鍵を預けたことなんてない。あんなに四六時中一緒にいた小夜子にだって、渡したことはなかった。
ジョニイは小春の手を引いて、アパートの階段を降りる。
「小春ちゃん、それとてもよく似合ってます」
小春は淡いグレーのロングワンピースを着ていた。新宿デートのおかげで、彼らは洋服のレパートリーがうんと増えた。
「小春ちゃん!」
待ち合わせ場所の映画館に着くと、ちょうど薫子とアダムがやって来た。
薫子は小春に抱きつき、ジョニイとアダムは挨拶をして握手をする。
今日のデートプランは映画を観て、カフェでケーキを食べながら映画の感想を語らい、『美食ロボット』へ向かうというものだった。薫子いわく、正統派の基礎的なデートらしい。
四人はぞろぞろと連なって映画館に入る。
男たちは両手にポップコーンやコーラの入った紙コップを抱え、女たちはパンフレットに目を通す。
薫子が選んだ映画は恋愛もので、難病の男性と美しい女性が恋に落ちる、というストーリーだった。小春は途中でウトウトしたが、ジョニイは最後まで真剣に観ていた。薫子とアダムはただひたすらに寄り添って、手を握り合っていた。
「ハッピーエンドが良かったなぁ」
カフェに向かう道すがら、薫子は隣を歩く小春に言う。彼女らの男たちは、二人の後ろを守るようについてくる。
「そうねぇ、まさか男の子が亡くなっちゃうなんてねぇ」
小春は答える。映画は結局、美女を残して難病の男性が死んでしまうストーリーだった。
「でもね、あの病気の設定はおかしいわよ。後天性の病気って言ってたけど、あれは確実に先天的なものよ。まあ、聞いたことない病名だったから、創作だとは思うけど」
薫子は口をとがらせる。彼女は医学部に通う大学生だった。薫子いわく落ちこぼれらしいが、彼女にはたくさんの知識があり、頭の回転もとても速い。
大雑把で大胆に見えるけれど、ちっとも下品ではなく、言葉の隅々に正しい知性が感じられる。その証拠に、彼女は絶対に人を傷つけるような振舞いをしない。
薫子は徹底していた。人を傷つける言葉や悲しませる態度、そういうものをきちんと排除しながら、彼女らしい言動をする。そんな彼女の器用さを、小春は尊敬していた。真に知性を持った人とは、薫子のような人を言うのだと思った。
「なるほど。医者の卵ともなると、そういう部分が気になっちゃうのね。職業病みたいなもんかしら」
小春が言うと、落ちこぼれだってば、と薫子は笑う。
「全然学校行ってないしね~」
薫子はのんびりとした口調で言う。
「お医者さんには、あんまりなりたくないの?」
小春が聞くと、薫子はうなずいた。
「医学の勉強は好きだけど、医者になろうとまでは考えてないかな。親が医者だから、とりあえず医学部には行ってるけどねぇ」
小春は残念だと思った。薫子ほど、患者を心から想える医者はいないだろうと思っていたから。
「でもね、人間の身体って機械みたいなのよ。例えば……脳とかね。海馬はメモリー、前頭葉はCPU、大脳皮質はハードディスク。だからいつの日かもし、アダムに何かあったら治してあげたいの。アダムの知能機械に限界がきたら、脳を作ってあげたいわ」
薫子は最後に、なーんちゃってね、と付け足したが、彼女の目は真剣だった。
「アダムくんは幸せね……。ねぇ、もし私やジョニイが病気したら、薫子ちゃんに治してもらいたいわ」
小春は真剣に言った。心の底からそう思ったから。
「あはは!医師免許が取れればねぇ~。だって私、不良大学生だもの。それに、ジョニイが病気になったら、私なんかよりマスターの方が向いてるわよ。最上級の、どんな工具でも持ってるから」
薫子は笑いながら言う。
「無免許でも、知らない医者より薫子ちゃんの方がいいわ。薫子ちゃんは優しいし、安心するもの」
そう言うと、薫子は嬉しそうに笑い、小春の腕に抱きついた。
「そうねぇ、それもいいわね。ブラック・ジャックみたいに、法外な報酬を得てね」
女二人はケラケラ笑う。
「何よそれ!お金ないから結局診てもらえないじゃない!」
小春が笑いながら言うと、腕にしがみついたままの薫子が、耳元で小さくささやいた。
「ねぇ、そういえばさ、今日観た映画のあの俳優、カッコよかったわよね。やっぱりさ、先天性の難病といえど、あんな綺麗な外見だったら女はやっぱり子孫を残したくなるもんなのよねぇ。いいなぁ、私もアダムの子供が欲しい。アダムの子供を産めたらいいのに」
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