第13話 取り越し苦労と人の心
「飼いましょう」
カマキリを片手に、ジョニイはイタズラっぽく笑った。
「ちゃんとお世話しますから」
小春が小学生のとき、苦手だった男の子たちみたいだと思った。駄々をこねる、乱暴なほどに活発で力強い少年たち。
「ダメよ。絶対にダメ」
小春も、少年のエネルギーに負けない母親のように言った。
ジョニイは初めて外に出て、体中で世界を感じていた。どんなものにも注目し、驚いたり、感動したり、喜んだりした。
本当に楽しそうに、歯を見せて笑った。
取り越し苦労だったのかもしれない。
たくさんの人の視線の中で、小春は思った。
大通りに出ると、人々は小春とジョニイを交互に見た。噂する声もかすかに聞こえた。後ろ指だって何度もさされただろう。
でも、小春の想像の中の人々は、もっともっと残酷でひどいことを言った。
けれど実際には、視線を感じて噂する声が聞こえる程度だった。
声は小さくて、はっきりと聞き取れなかったし、今のところ「好き者」なんて声は聞いていない。
後ろを振り向かなければ、後ろ指をさされたかは分からないし。
それに、180cmの男がカマキリを見つけてはしゃいでいたら、アンドロイドでなくても変な目で見られると思う。
ジョニイはずっと幸せそうに笑っていて、小春はもう何だか、そのことにとても安心してしまって、視線や噂や後ろ指も、あまり気にならなくなった。
予定にはなかったけど、バスに乗って少し遠くの大型スーパーに行った。
品揃えが多いし雑貨なんかも売ってあって、ジョニイはきっと気にいる。
ジョニイはバスの中で静かに興奮していた。
そんな姿を、笑いながら見つめてくる高校生がいて、小春はそのことにほんの少し憤慨した。
お前たちだって、ほんの十年前くらいにはバスに乗ってはしゃいだだろうと。
冷たくにらんでやったら、高校生は目をそらした。
「いくじなしね」
小春はそっと、ジョニイの耳元でささやいた。噂の仕返しだ。
ジョニイは「何がですか?」と尋ねつつ、窓の中でどんどん流れていく風景を必死になって目で追っていた。
スーパーに行ったら、ジョニイは新生姜を山ほど買った。カートを押したがったので、小春は隣に並んでのんびり歩く。
パックに入ったお肉を見つめていたので、小春はつい「指で押したりしちゃダメよ」と言った。
「そんなことしませんよ」
ジョニイはひどく心外な顔をしていたので、小春はおかしくて笑った。
そうだ、彼は活発ないたずらっ子の少年ではなかった。
ジョニイは冷凍コーナーを気に入った。
「こんなに開放的で、大きな冷凍庫は初めて見ました」
二人は大きな冷凍庫の鳴らす低い音を、冷たい風の中で一緒に聴いた。
雑貨屋に寄って、ジンジャーシロップ用の保存瓶も買った。
ジョニイいわく、安心して煮沸消毒できる頑丈なものが必要なのだそうだ。
帰りのバスの中で、小さな女の子がジョニイを指さした。
これには小春もゾッとした。
子どもとはこの世で最も残酷で、野性的な人間だから。
「ママ、あの人きれいね」
少女がそう言うと、隣の母親は誰かを指さすことは下品だとたしなめた。
彼女は頬を膨らませる。
「ふうん。ねぇママ、今日の晩御飯は唐揚げがいい」
ジョニイはバスを降りるとき、少女にこっそり手を振った。少女は照れ臭そうに、母親の影に隠れて嬉しそうに笑った。
小春はとても幸せな気分だった。
「そういうものなのよねぇ」
小春はしみじみと言う。
今日、二人を見て後ろ指をさした人も、数分後には今晩の夕食の心配をしているのかもしれない。人間の心なんて、その程度なのだ。そういうものなのだ。
バスを降りたら小雨が降っていたけれど、二人はゆっくりゆっくり歩いて帰る。
「小春さん、今日はとても楽しかったです。ありがとうございました。小春さんは楽しかったですか?」
ジョニイは満足そうに笑って尋ねる。
「すごく楽しかったわ」
小春は、彼の目尻のしわを愛おしく思いながら言った。
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