第12話 理不尽で面倒くさいけど、美しい世界
「ねぇ、どうしてそんなに生姜料理が作りたいの?」
小春は、ジョニイが淹れてくれた緑茶を飲みながら尋ねる。
「小春さんは冷え性ですから、生姜シロップを作っておけば、いつでも簡単に身体を温めることが出来ると思ったんです。炭酸水を入れれば、ジンジャエールになるので、夏でも飲めます」
ジョニイは部屋の隅で、黒いタートルネックのセーターに袖を通す。
「ジンジャエール!」
思わず大きな声が出た。小春はジンジャエールがとても好きなのだ。それも、とても辛くて喉が痛くなるようなもの。例えば、ウィルキンソンのジンジャエールのような。
「うんと辛いのにして!こう、喉がピリピリするようなやつ!」
小春が言うと、ジョニイはおかしそうに笑って、じゃあ唐辛子も入れましょうと言った。
「どうでしょう?」
ダイニングテーブルに座る小春のもとへ、ジョニイはそわそわとやって来る。
黒色のセーターに、ブラウンのチノパン、青い靴下。
どれもバランスよく彼の身体に一致していた。
特に、すらりとした長い脚は、ぴったりと正しい丈で綺麗に仕舞われている。
小春はそれを見てすっかり満足した。
自分の買い物が、完全に成功したのだ。
「ぴったりじゃない!凄く似合ってる!」
小春がそう言うと、ジョニイは頬を高揚させて、子どもみたいに笑った。アンドロイドでも恥ずかしいとか、照れくさいとか、そういう感情があるのだろうか。
ジョニイは今日、初めて外出する。
二人はぴったりとくっついて、狭い玄関に腰をおろす。ジョニイは一度も履いていないスニーカーの紐を、器用に結んでいる。
小春は大嫌いなピンク色の、だけど気に入っているワンピースを着て、黒いカーディガンを羽織っている。
「ねぇ、あのね……」
小春は後ろに手をついて、黒いパンプスを履いた小さな足を、左右にパタパタさせながら力のない声を出した。
「今日、もし嫌なことがあったとしても、それはね、絶対にジョニイのせいじゃないの。なんていうか、人間の社会ってこう……理不尽で面倒くさいことがたくさんあるのよ」
そう言って顔を上げると、ジョニイは小春の目をじっと見ていた。
「でもね、きっと楽しいことの方が多いと思う。それにね、楽しいって思ってた方が幸せなのよ」
小春は美しいアンドロイドの瞳を見つめて思った。
どうか今日、彼が傷つくことがないように。
残酷な人間を、嫌いになったりしないように。
彼が今夜、楽しかったと、たっぷり満足して眠りにつけるように、心の底から願った。
玄関を出て、アパートの階段を降りる。
ジョニイは真剣な顔で周囲を見ていた。
暖かい風や、草木が揺れる姿。遠くに聞こえる車の音、二人のでこぼこした影や、通りを横切る野良猫の爪の音。
全身で、一生懸命に世界を感じていた。
「あれが桜ですか」
ジョニイは指差して言った。
「そうよ、行ってみましょう」
二人はゆっくりと歩く。
桜の花びらでできた、ピンク色の絨毯を踏んで。
ジョニイは桜の木の下で目を閉じて、そして慎重に木に触れる。
「すごいですね……」
ジョニイは桜の木に耳を当て、静かに言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます