第8話 下着は、できるだけ見ないようにしました
ジョニイはグレーのパーカーが気に入ったらしく、よくパーカーとデニムで過ごしている。最初、彼は当たり前みたいにフードをかぶったので、小春は笑った。
「それは無理に被らなくてもいいのよ。被っても、被らなくても、どちらでもいいものなの」
小春が言うと、ジョニイは目を丸くした。
「必要でも不必要でもないものなんですね!」
ジョニイが喜んでくれたのが嬉しくて、すぐに紺と黒のパーカーを追加で注文した。そしてパジャマも三着くらい買った。
パジャマだけは明日届くよう、速達にした。
せっかく服が届いたというのに、眠る前になると彼はまた、あのダサいシャツと短パンを履くのだ。ジョニイいわく、充電するときに新しい服はもったいないらしい。
小春とジョニイは毎晩、同じベッドで寝ている。
小春がベッドの奥に仰向けになって眠り、ジョニイは小春の方を向き、首からケーブルを垂らして充電する。
はじめこそ、小春は緊張してドキドキした。しかし、充電中のジョニイは静かな機械音をたてて身動き一つ取らないので、そのうちドキドキもへったくれもなくなった。
ついでに機械音を立てる男がダサいシャツと短パンを着ていると、自分はいったい何をしているのだろう、と言いようのない惨めさが襲ってくる。
だから、パジャマは大至急必要だった。
小春は湯船につかり、27才の女の身体を見下ろす。
貧弱でみすぼらしい。
小春は太ってはいないけれど、筋肉が少なくてぷよぷよしている。かといって、セクシーさなんてものは微塵もない。ただの小さい女の体。
今日の入浴剤は柚子の香りだ。だから湯船が透明のオレンジで、見たくもないのに自分の裸が目に入る。
いつもは白く濁ったタイプの入浴剤を入れる。でもたまに、どうしても柚子の香りのお湯に入りたくなる。小春は柑橘系の香りがとても好きだ。だからスーパーに行くと、買いもしないのにグレープフルーツを手に取って香りを嗅ぐ。
ジョニイは湯船に入れない。
しかし、シャワーなら浴びられるので、毎日シャワーだけだ。
小春はそれがほんの少し寂しい。お湯に浸かるとどんなに気持ちがいいか、知ることができないなんて。
今度、ジョニイの好きな香りのシャワージェルを買ってあげよう、たくさん泡の立つ、色のついたものがいいかもしれない、そんなことを思った。
「小春さん、洗濯物が乾いていたので、新しいタオル、置いておきます」
脱衣所から、控えめなジョニイの声がした。
「あっ、あり、ありがとう」
小春は湯船の中で身を縮めた。無意識に体を隠そうとして丸まり、自分の膝が鼻に触れた。
別にお風呂を覗かれたわけでもないのに、小春はドギマギした。
声を掛けられる瞬間まで、小春は想像していた。シャワージェルを丁寧に洗い流す、彫刻のように美しい男の身体を。
想像の中で、シャワーを浴びるジョニイは後ろ姿だった。けれどその姿はどうもしっくりこない。
「そっか……、後ろ姿見るの忘れてたわ」
充電する前、ジョニイの体はくまなく見たと思っていたのに、盲点だった。
お尻を想像しようとして、小春は恥ずかしくなった。
耳まで赤くなりながら、それでもいつか、後ろ姿が見たいと思った。もちろん裸の。
もたもたとお風呂から出ると、ジョニイはパジャマを着ていた。小春が選んだ、黒のタータンチェック柄。
「わあ!いいじゃない!」
小春はとたんに嬉しくなった。さっきまでこの男の尻が見たいと思っていたのに。
「着丈もちょうどいいです。伸縮する素材で動きやすいです」
ジョニイは膝や肘を曲げて見せる。歯を見せて笑うと、幼く見えた。
「似合ってる似合ってる!やっぱりいいね!その柄!」
小春が喜ぶと、ジョニイは子どものように笑った。
髪を乾かして部屋に戻ると、ジョニイは温かいお茶を淹れてくれた。ベッドの上には綺麗に畳まれた洗濯物。
「畳んでくれたんだ。ありがとうジョニイ」
小春はお茶を受け取って言う。
「いいえ」
ジョニイも自分の分のお茶を淹れる。
小春は洗濯物を持ち上げてゾッとした。
「ねえ……私の下着も、畳んだ?」
ジョニイに背を向けたまま聞いた。
「あ、はい。でも、できるだけ見ないようにしました……」
ジョニイは申し訳なさそうに小声で言った。
「そう……。今度から洗濯物は私が畳むわ……」
小春はそう言って、クローゼットを開けた。
ちょっと毛玉のついたショーツくらい、いいじゃない、破れてないだけまだマシよね、なんて思っていた、今までの自分を往復ビンタしたかった。
見上げたクローゼットには、ジョニイが選んだ小花柄のワンピースと黒いカーディガンが大切に仕舞われている。
ピンク色は嫌いだけど、小春はこのワンピースだけは好きだと思った。
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