第7話 買いましょう、そうしましょう
「身長と体重は?」
パソコンのモニターを見ながら、小春は尋ねる。
「身長は180センチメートル、体重は89キロです」
ジョニイは小春にくっついて、興味津々といった顔でモニターを見つめる。
「意外と重いのね」
小春はそう言いながらパソコンに数字を打ち込む。
「そうですね、やはり軽量特殊金属と言っても、まだまだ重いと言われています」
ジョニイは淡々と言いながら、モニターに食い入る。わくわくしているのだ。
モニターに表示された180cm、89㎏の男性モデルは、ジョニイよりずっと太って見えた。
「うーん、やっぱり70kgくらいかしらねぇ」
小春はモニターから目を離し、ジョニイを上から下まで観察する。
ジョニイは満面の笑みで小春の隣にまっすぐと立つ。どうぞ見てください、といった風に。
「よし!70kgにしてみましょう」
彫刻のような男だなと、もう何度も思ったことを心の中で反復し、再びパソコンに目を移す。
180㎝、70kgの男性モデル(のっぺらぼうだけど、肌色と髪色まで変更できる)は、モニター上で様々な服を試着してくれる。
二人は今、ジョニイの服を選んでいるのだ。
ジョニイは現在、その美しい肢体を死ぬほどダサいシャツと短パンに包んでおり、それはもう無念としか言いようがなかった。
「インターネットショッピングって、素晴らしいわよねぇ」
小春はネットショップに敬意を表すように言い、のっぺらぼうのモデルに黒いタートルネックのセーターを着せている。下はブラウンのチノパンだ。
カートの中にはすでに白いシャツやグレーのTシャツ、パーカーにデニム、靴下なんかも入っている。
「そうだ!靴も買いましょう!」
タートルネックもチノパンもまとめてカートに入れ、メンズシューズのページへ飛ぶ。自分でも驚くほど楽しくて、小春は頬を高揚させていた。
「ジョニイはどんな靴が好き?」
久々の買い物が楽しくてたまらなくて、明るい声でジョニイに尋ねる。
その瞬間、小春の心臓はがひゅんと跳ねた。
金色の、豊かな眉をうんと下げ、目尻のしわをくっきりと作りながら、ジョニイは信じられないくらい優しい顔で小春のことを見つめていた。
彼が笑うたびにほんの少し垂れる目と、下に向かって刻まれるしわが、小春はとても好きだった。
息をするのも忘れるくらいに、小春は動揺した。
彼のことをひどく愛おしく思ったのだ。
「小春さんが好きな靴が好きです」
口角を上げた時にふっくらと持ち持ち上がる、柔らかそうな頬の肉。たくさん植えられたまつ毛の隙間から、ほんの少しだけ除く、
「とりあえず、スニーカーにしときましょう」
小春は忘れていた呼吸を取り戻し、呟いた。
これが人間だったら、とんだ人たらしだ。
ジョニイの服は全部で12着にもなり、忘れていた下着やベルト、バッグなども購入した。結構な金額になったが、つい最近、忘れていた退職金も振り込まれたのでちっとも構わなかった。
「いい買い物したねぇ」
ジョニイが淹れてくれた紅茶を飲みながら、小春は満足そうに言う。
「小春さんは買わないのですか?」
ふいにジョニイに聞かれ、小春は考える。
そういえば、自分のために服を買ったのはいつだっただろうか……。
どんなに頑張って記憶をたぐり寄せても、確実に二年は買っていない。これって、大丈夫なのだろうか、女として。
「買おうかな……」
小春が呟くと、ジョニイは嬉しそうに両手を上げるジェスチャーをし、やったぁ!と言った。
しかし、小春の服はちっともカートに入らない。
いつからだろう。自分のために買い物をするのが、こんなにも苦手になったのは。
生活必需品は難なく買えるのに、嗜好品や装飾品、服なんかは特にダメだった。
邪魔するのだ。小春の心の中の暗い何者かが。
「そんなもん、いらないだろ?お前なんかが、買っていいの?」
そいつはいつも、そんなことを言う。
そう言われると、小春はすぐに「いらないかもね」と思ってしまうのだ。
そしてまさに、小春が「いらないかもね」と思い始めたとき、ジョニイが口をはさんだ。
「私が選んでもいいですか?」
「ねぇ、本当に似合うと思う……?」
小春は心底不安げに言う。
ジョニイは大きな声で、もちろん!と言った。
カートには淡いピンク色の、小花柄のワンピースが入れられている。
「私、無彩色が好きなのよ……」
小春は控えめに言う。本当はピンク色なんて死ぬほど嫌いだった。
「じゃあこの、黒いカーディガンを合わせましょうか……?」
ジョニイがあまりにもしょぼくれた声を出すので、小春はなんだか申し訳なくなった。
「そうねぇ、それならいいかもねぇ……」
黒いカーディガンを足されたところで、ちっとも良くなんてなかったのだが、早く終わらせてしまいたくて、二着とも購入した。
「ありがとうございます。小春さん」
アンドロイドは綺麗なお辞儀をする。
「よいのだよ」
小春は椅子の背もたれに寄りかかり、うんと背伸びをして冗談っぽく言った。
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