第6話 不必要ですが摂取はできます
小春は冷え性だ。特に手足は冷えやすく、年中ひんやりとしている。
今だって、春先だというのに足先はキンキンに冷えている。
「病気ではないと思いますが、これは冷えすぎています」
いかにもロボットらしい口調で、ジョニイは言う。
「ええ、ああ、うん……」
小春は落ち着きなく目をキョロキョロさせながら、適当に相槌を打つ。
小春はものすごく困っていた。というよりも恥ずかしい。
だってジョニイが、自分の足を触り続けているから。
二人でソファーに腰掛けていた時、ふいに足が触れてジョニイが驚いた。
通電してから、あんなに冷たかったジョニイは体温を持ち、まさに人肌というべき暖かさを全身に保っている。体感温度も感知し、毎日の服装指数まで教えてくれる。
それだから、小春の足が冷たすぎることに、人間みたいに驚いていた。
足の冷えを取るツボがあるだとか、ここをマッサージすれば体が温まるとか、そんな知識(彼いわくデータ)をペラペラ話しながら、ジョニイはひざまずいて小春の足に触れ続ける。
「小春さんの足はとても小さいですね。22.7センチメートルですか。しかし、左足は22.9センチメートルです。今度靴を買うときは23センチメートルのものをお勧めします」
触りながら観察までされて、小春は泣きたくなった。もちろん恥ずかしくて。
「分かったから!もういいから!」
ちょっとだけ強引に足を下ろす。
ジョニイはひざまずいたまま、小春をじっと見上げると、「わかりました」と言った。とても機械的に。
アンドロイドにどこまで気分とか感情とか不快感とかがあるのかは知らないけれど、小春はほんの少しだけ疲れていた。
小春は他人にひどく気を使う性格だ。
気が利くね、とか、空気が読めるね、とか褒められることが多いけれど、ただ人目を気にしているだけだ。
気楽な一人暮らしから、アンドロイドとはいえ美しい男と暮らし始めるとやはり緊張する。
「ちょっと寝るわ」
小春はそう言って、ベッドに潜り込む。ジョニイはきっと心配しているだろうから、布団の中から顔を出して笑顔を見せた。
「好きな映画を観てていいよ」
そう言ってまた微笑む。
できるだけ、なんてことないのよ、たいしたことじゃないの、いつもこんな感じよ、という雰囲気で。
ジョニイは「わかりました」と言って笑った。
小春は目を閉じ、ジョニイの薄い
目を覚ますとすっかり日が暮れていて、ジョニイが暗い部屋で映画を観ていた。
「電気つけていいのよ!目が悪くなるでしょう」
小春は慌てて起き上がると、急いで電気をつけた。
「大丈夫です!私には視力というものの変動は起こりにくいので!」
ニッコリ笑って変なことを言う美青年は、とてもシュールだ。
「何観てるの?」
優しく言って、小春はそっと隣に腰かける。テレビにはマスクをした血まみれの男が映っていた。
「ホラー、好きね……」
ジョニイは名作だけど、死ぬほど怖い映画を観ていた。
「これは名作映画の一つというデータがあったので。でも、おかしいですね」
不思議そうに、でも少し残念そうにジョニイは言った。
「え?なにが?」
小春は意味が分からなくて、すぐに尋ねた。
「普通、人間をあの位置から銃で撃つと、血しぶきは右側に広がるはずなんです。でもほら、左側に広がってる。それに、撃った方向から推測すると、脇腹の貫通が妥当だと思うんです。もしかしたらかすり傷かもしれないのに、この人物は即死しています」
リモコンで巻き戻したり、スローにしたりしながら、ジョニイは真剣に説明する。
「そうねぇ……うん。ご飯にしましょうか」
小春はにっこり笑って立ち上がる。
ジョニイも元気よく返事をして立ち上がった。
「実は今日、私が夕食を作っておきました」
ジョニイはずんずんとキッチンに向かう。彼は身長が180cmもあるので、動くとちょっとびっくりする。
自分はなかなか広い部屋に住んでいると思っていたけれど(広い分、駅まではすごく遠い)、彼が来てからそうでもないような気がした。
夕食は、生姜と豚肉の味噌鍋だった。
玉ねぎやしいたけ、キャベツも入っていてとてもおいしそうだった。
ジョニイいわく、豚肉は消化を助け、玉ねぎは生姜と摂ると血行が良くなるらしい。味噌と生姜は冷え性改善に効果があるそうだ。
小さなダイニングテーブルに向かい合って座り、二人でいただきますと言う。
お鍋は完璧な味だった。さすがアンドロイドだ。
初めてジョニイがこの部屋に来たとき、小春は温かいお蕎麦を作った。鴨ではないけど、鶏肉と長ネギを入れて、付け合わせはきんぴら。けれど、ジョニイは不思議な顔をしていた。
小春はそのとき、しまったと思った。
アンドロイドは食事なんてしないのかもしれない。食べられないのか聞くと、ジョニイは言った。
「不必要ですが、摂取はできます」
その日、ジョニイはお蕎麦を全部平らげた。小春はそれがとても嬉しかった。
生姜のきいたお味噌をすすりながら、小春は気になっていたことを聞く。
「ねえ、ジョニイは食べたご飯、どうしてるの?」
我ながら変な質問だと思った。
「はい。内部で急速に乾燥させて粉砕し、無害なものにして排出できるようにしています」
ジョニイは自身のお腹をさすりながら言った。
生ごみ処理機みたいなもんか、と小春は思ったけど言わなかった。それは何となく、ジョニイの権利を侵すような気がしたから。
「ねえ、さっきの映画だけど、脇腹撃たれてびっくりして死んだんじゃない?ほら、ショック死っていうでしょ?殺される恐怖とか、そういうので。ちょっとの傷でも、脳が勘違いしてうっかり死んじゃったりするのよ、きっと」
そう言って小春は、くたくたになったしいたけを頬張る。
「おおお!なるほど!」
ジョニイは嬉しそうに言って、とろりとした玉ねぎを小春のお椀によそった。
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