第2章 アンドロイドとの暮らし

第5話 私は母か


 中学生のとき、妹と一緒にゾンビが出てくるホラー映画を観た。よくあるパターンで、人々が次々とゾンビになり、人類が窮地に立たされるというストーリーだった。最後はもちろん主人公がゾンビを撃退し、世界は再び平和になる。


 その映画の冒頭で、平凡な生活を送っていたのに運悪くゾンビになり、すぐに撃たれて死んだ女性がいた。ほんの15秒くらいしか登場しない、役名すらない女性だった。

 それなのに、小春は鮮明に覚えている。茶色い髪を緩く結び、大きな黒色の目が印象的な、割ときれいな女優さんだった。


「私ってたぶん、こういうキャラよね」


 その生き様はまるで自分のようだった。

 今こうして生きている小春の世界が物語なら、きっと私はこういう役回りだと、たったの13才でそう思った。悲しいくらいそうだと思った。


 まだ小学生だった妹に「そんなに怖くないわよ」なんて、平然とした顔で寄り添いながら、そんなことを思っていた。




 そして小春は今、アンドロイドと一緒にゾンビもののホラー映画を観ている。

 隣に座る、見目うるわしい男のロボットに「そんなに怖くないわよ」なんて言っている。


「あのぉ……、ひとつ質問してもいいですか……?」


 ありきたりなホラーの演出に丁寧におびえながら、アンドロイド男は聞いた。左手を控えめに上げている。


「はい」


 二人掛けのソファーにくっついて座り、アイスコーヒー片手に小春は返事をする。


「あの、このゾンビっていう生き物、現実にはいないですよね……?」


 死ぬほど馬鹿な質問をしているのに、なぜこうも美しく、たまらないほど可愛らしいのだろう。やはり見た目は人間の心に重大な影響を及ぼすのだ、不公平だ!と心の中で舌打ちしながら、小春は優しい声で「いるわけないじゃない」と答える。


「あはぁー!よかったぁ!これは創作物なんですよね!」


 安心した顔は美しいというよりも可愛らしい。笑うとほんの少し垂れ目になるところや、人間らしく目尻にキュッとしたシワが寄るのも実に愛らしい。


 小春はこのアンドロイドの容姿をひどく気に入っていた。それはもう、開発した人に感謝のあまりひれ伏してしまいたいくらい。開発した会社はクビになったけれど。


「そうよ、ゾンビも幽霊もいないの。あ、でも、幽霊はいるかもね」


 小春がそう言うと、隣の男は黙って息をのんだ。


「幽霊っているんですかね……?」


 男は心配そうに、もぞもぞと聞く。


「さあね、その辺はまだ分かってないの」


 アンドロイドなんだからたまには自分で調べなさい、と小春は心の中で思う。


「でも、いないんじゃないかしら。私は見たことないもの」


 そう言って、最後にうんと優しい声で「大丈夫よ、ジョニイ」と付け加えた。ついでにふかふかのブロンドを撫でてやる。

 すると男はすっかり安心して再び映画に見入る。



 おい、これじゃまるで母じゃないか、小春は心の中でげんなりする。

 


 小春はこのアンドロイドをジョニイと名付けた。彼の型番が「JO:021.203539」だったから、JOを日本語読みでジョ、021を音読みしてジョニイ。


「ジョーイチ」とか、思い切って「譲二」とか、なんなら「太郎」とか、いろいろ考えもしたけれど、彼があまりにも西洋のいで立ちで、和名が死ぬほど似合わなかったので結局ジョニイで落ち着いた。



 ジョニイはやはり、仕事をする機械として作り出されたのだろう。教えなくても洗濯機は回せるし、我が家で一番複雑な多機能オーブンレンジ(ボタンがやたらめったら多くて、ダイヤルが二つもある)も難なく使いこなす。小春は電子レンジの機能しか使えていなかったというのに。


 しかし、それなりに分からないこともあるらしい。大抵、妖怪はいるのか聞いてきたり、「雷にへそを取られる」という迷信を信じてしまったり(彼にも一応お飾り程度のへそがある)、ほとんどがくだらないことだった。


 ジョニイの質問はまさに小さな子どもの「なぜ?なに?どうして?」で、そのたびに小春はまるで母親のように「どうかしらねぇ」とか「違うんじゃない?」とか言っている。

 名付け親でもあるので、複雑な気分だった。


「こんな美男子を生んだ覚えなんてないのに……」


 テレビを見つめる美しい横顔を見ながら、小春は愛おしくも残念に思うのだった。


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