第2話 大きな箱と老人の私
朝起きても仕事に行かなくていいのは素晴らしいことだが、なんとなく気分がすぐれない。
貯金は充分すぎるほどあり、今の生活でこと足りている小春は、今すぐ働かなくても全く困りはしない。もちろん、クビになったことは残念だけど、不幸なことはよくあることなのでそこは別段悲しいとは感じなかった。
しかし、働かないのはどうなのかとか、世間様に顔向けできねぇとか、そういうことを考えると気分が塞ぐ。
おまけに小春は家でじっとしているのが好きなので、失職してから数週間、それはもうまるで老人のように暮らしていた。
「このまま死んじゃったりしてね」
二人用のソファーに腰かけ、天井を見上げながら想像する。
ついうっかり死んでしまって、誰も気が付かなかったらどうしよう。
小春が住んでいる一人暮らしのアパートは、木造だがやけに頑丈で、隣人の様子が全く分からない。そこがとても気に入っているけれど、孤独死したら白骨化一直線だ。
死んだら霊魂みたいなものが残るのだろうか。腐敗していく自分を見下ろしながら、困った困ったと焦るのだろうか。隣や、下の階の人に迷惑をかけるかもしれない。
「幽霊になったら、謝りにもいけないしなぁ」
謝罪に行ったらポルターガイストになると思うと、ちょっと悲しい。
そんなことを考えていてふと、自分が27才だということにぎょっとした。
何もしないで家にいると、考えまで老人のようになってしまう。
「あーら!いけないいけない!」
小春はわざと大きい声で言う。バカみたいだが、そうしないとすぐ気持ちが暗い方に行ってしまうのだ。
「まーだ二十代!二十代!若い若い!」
意味もなく声に出して歩き回っていると、玄関のチャイムがなった。
「こちらにサインをお願いします!」
配達のお兄さんは日に焼けていてやけに歯が白く、まぶしいくらいに活気があった。いちいち声が大きくて、老人のような27才との差を突き付けられた気分だった。
蚊の鳴くような声で、ご苦労様ですと伝え、ドアを閉める。
「ええぇ……」
あまりにも大きな段ボールに、小春はげんなりした。
届いたらすぐに売り飛ばすと言っていたみんなの気持ちが、ほんの少し理解できた。
この箱をなんとか部屋まで運び入れ、開封してアンドロイドを出し、中の梱包材を取り出してごみ袋に入れ、段ボールをなるべく小さく折りたたんで紐で縛り、散らかった床を掃除する。
そんな一連の動作を思い浮かべて、もう売りに出してしまおうかと考えたが、売れるまでこの箱を玄関に置いてはおけないので結局、小春は動くしかなかった。
箱を押し進めて何とか部屋に運び入れ、ガムテープをはがす。そっと蓋を開けたら、息が止まった。
「なんて綺麗なの……」
思わず彼の頬を撫でる。
氷のように冷たいけれど、柔らかくて心地の良い感触。
このアンドロイドを売りに出すなんて、自分には絶対にできないと小春は思った。
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