アラサー無職、ロボットに恋をする
原田雪
第1章 職を失い、アンドロイドを得る
第1話 私の仕事は代用可能
――いつからだろう。そう簡単に絶望しなくなったのは。
バス停の椅子に腰かけて、膝の上にのっかった紙袋に目を落とす。
常備していた鏡と傘、失くしたと思っていた本や、誰がくれたお土産かも忘れた変なキーホルダー、愛用していた深緑のカーディガンに紺色のエプロン。
ずっと自分のスペースだと思っていたロッカーを明け渡すのは、妙な気分だった。
小春は今日、職を失った。
職を失ったといっても、たかがビルの清掃員でアルバイトだ。
明日からその職はアンドロイドに取って代わる。
それにしても滑稽だな、と小春は思う。彼女が勤めていたのは、アンドロイドの研究や製造を行っている会社だったから。
「そりゃあ掃除なんて、アンドロイドでもできるわよねぇ」
紙袋から目を離し、隣に座る元同僚の
「小春、あんたっていつも他人事みたいに言うわよね」
美保は飽きれたように睨んで言い、小春は「ごめんごめん」と焦って笑う。
しかし、それは事実だった。
ビルの清掃なんて、アンドロイドの方がきっとうまくやるだろう。人間みたいにさぼったりせず、毎晩充電してあげるだけで、文句も言わず一生懸命ほこりを落とし、床を磨くのだ。
「ねぇ、小春はさ、お詫びの品どうするつもり?」
いたずらするみたいな笑顔で、身を乗り出して美保は言う。小春が「うーん……」とうなるが早いか美保はそそくさと喋りだした。
「あたしはね、さっさと売っちゃう!だって、なんか噂だけど欠陥品らしいのよ。嫌よねぇ、突然リストラしといてお詫びの品は欠陥品よ?」
それでももらえるんだからいいじゃない、小春はそう思ったが口には出さずに微笑んだ。
「退職金は二か月後でしょ?アンドロイドっていつ届くのかしら。すぐにでも売っぱらって、新しいバッグと靴を買いたいわ」
美保はつっけんどんに言って、椅子から立ち上がった。バスが来たのだ。
「新しい仕事、決まったらちゃんと教えてよね。また今度飲みにでも行こう」
美保はそう言って、かったるそうにバスに乗り込んだ。
「うん、また飲みに行こう。美保ちゃんも体に気を付けてね」
小春はにこやかに手を振る。美保とは一度も飲みに行ったことはないのに。
一人になって、小春はまた紙袋に視線を落とす。
退職金は少額らしいが、急な解雇だったので「お詫びの品」として各清掃員一人ずつにアンドロイドが配られる。みんな、売り飛ばすと言っていた。欠陥品だという噂があるけれど、新しいモデルらしく数百万にはなるらしい。
ここ数年で、アンドロイドと呼ばれる人型のロボットは急速に進化した。人間と見分けがつかないほど人間らしい容姿をしていて、インプットされた知識はそこらの人間よりずっと優れている。
今までは富裕層の持ち物だったアンドロイドも、最近では性能の低い低価格帯のものや中古品も出回り、普及率は大幅に増えている。
現に、大量に生産されるアンドロイドを、小春は間近で見てきた。クビにした清掃員全員に配れるくらいたくさん余っていることも知っている。
アンドロイドには何度も会ったことがあるけれど、みんな礼儀正しく親切で優しかった。
そんな彼らが、欠陥品の余り物とされクビになった自分のもとに届くと思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。
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