最終話 地表世界のカタレーイナのペルミテース。
巨大な穴。
その中心にコーザたちはいた。
上には、久しく拝めていなかった青色の空が見える。
黒緑の瓦礫が散乱しているので、すべてが失われた場合よりも、却って、ダンジョンが消滅したのだとわかりやすかった。
だが、地下の世界に比べれば、体感だが、周囲の穴はひどく小さいように思える。深く気にせずに過ごしていたが、やはりあそこは、神秘の空間だったということなのだろう。
コーザは無気力なままだった。
まだ、かすかに意識が混濁していたが、自分の中に、はっきりとペルミテースの存在を感じられる。
畢竟するに、記憶を取り戻すためのトリガーは、妖精の瞳だったのだろう。この世界に再び現れる意識が、少なからず妖精の形を取るのであれば、その記憶を利用するうえで、瞳の力が必要になるのは想像にかたくない。だから、もしもカタレーイナに、瞳の有無を見分ける能力があるならば――いいや、その判別は確実にできるはずだ。コーザとして、初めてカタレーイナに出会ったとき、王ははっきりと、自分が妖精を信じていないと見破っていた。端的に、それは瞳の有無で判断したとしか言えない。ならば、やはり瞳を持たない人間を、カタレーイナは狙い撃ちしていたことになる。てっきり、自分は特例で、瞳を譲り受けたとばかり思っていたが、探索に協力をする人物には、何かと理由をつけ、必ず与えていたのかもしれない。ちゃっかりしているという言い方をすると、いささか棘があるだろうか。
ペルミテースの生まれ変わりが、妖精の瞳を持っていなかった場合には、過去の記憶を取り戻さない恐れが高い。生産系にせよ、自覚がないにせよ、進んでカタレーイナのもとへと向かわない、待ち人に会うため、妖精王は必死になって、生まれ変わりを探していたのだろう。むしろ、瞳がない前提で、行動しなければならなかったはずだ。待ち人の記憶が戻れば、妖精王にコンタクトを取るのは、容易なことだからだ。しかし、現実はそうではない。長きにわたって、ペルミテースからの接触がなかったことは、生まれ変わりが妖精を信じていない、という事実を表している。妖精を使っての捜索が取れない以上、報酬を出せぬカタレーイナに使える術なぞ、悲しいことに高が知れていた。
エネルギー装置の付近にしか、カタレーイナが現れない理由も明白だった。この装置は、言葉のとおり、ダンジョン内のエネルギーを、循環させる働きを担っている。そこを基準とする以外に、妖精王は行動できないし、そうであるがゆえに、エネルギー装置の付近にしか、セーフティは存在していない。そこは元々、二人が余生を過ごすために、設けられた場所だからだ。以降、人がセーフティを中心として活動するのは、目に見えている。残り少ない妖精王の力を、効果的に使うためには、あまり遠くまで移動しないほうが賢明だ。年々、出没の頻度が高まっていたのは、ダンジョンの寿命を思えば、致し方のないことだったはずだ。たぶん、カタレーイナは本当に無理をしていたのだ。
おそらく、あの青い世界はダンジョンの心臓部。そこに長時間、滞在することでしか、エネルギーが供給されないような、ひどい状態だったのだろう。ダンジョンはすでに、カタレーイナを不要としていたのだから、それも無理はない。
カタレーイナは、懸命に人を救おうとしていた。大本の問題は、きっと、人がダンジョンを信奉しなくなった、というところにある。拳銃とスキルとの仕組みが、太古の昔からあったわけでないことは、その制度を、カタレーイナが作りあげた点からも明らかだ。当時、妖精のスキルは、瞳のある人間が直接お願いすることでしか、使われていなかったはずだろう。だが、人が段々とその恩恵を忘れ、加工されていない、生の物資だけを求めるようになり、ついには、ダンジョンと人との分離がはじまった。そこから先は、下り坂を猛スピードで、駆け降りるようなものだったに違いない。物資を湯水の如く消費すれば、ゴミの乱造は免れなくなる。
地下の住人を案じ、銃だけでスキルを使えるようにしたのだから、やはりカタレーイナの功績は偉大だ。
「うちが、もっとちゃんと妖精を信じていれば……」
そうすれば、ペルミテースが願ったように、カタレーイナと長く一緒にいられたのだろうか。
妖精を頑なに信じない人間。生まれ変わってみても、結局自分は、そこらにいる屑と大差なかったのだから、馬鹿は死ななきゃ治らない、という言葉は嘘だ。あまりの不甲斐なさに笑ってしまう。死んだところで、治らない。これが正解だ。
「ペルミテースさ~ん!」
ニシーシが遠くで手を振っている。自分が放心している間に、辺りの捜索にでも出かけていたのだろう。泣きはらした顔が見えるので、マーマタロらが消滅してしまったことが、図らずも理解できた。その背後には、ヒト型になったチャールティンの姿もある。きっちりと後ろから、両手でニシーシのことを抱きしめており、見るからに相棒は苦しそうだ。
「ちょっと、チャールティン。べたべたしすぎだよ……」
ニシーシの言葉に、チャールティンは、まるで世界のおわりを告げられたかのような、悲痛な表情を浮かべていた。そんなチャールティンを放っておきながら、ニシーシがコーザへと駆け寄って来る。それを見るにつき、相棒は鬼の形相をコーザへと向けた。
(ああ……ナチュラルに、うちへのヘイトが加速していく……)
すぐに追って来たチャールティンは、瓦礫の整理を手伝いながら、なんともなしにコーザへと尋ねた。どことなく、それがコーザを責めるような口調だったのは、まさか気のせいではあるまい。
「そういえば、ミージヒトとの戦いでは、どうして機転を
曰く、あのような方法は自分も予想外だった――と。答えたのは、そばで作業をしていたルーチカのほうだった。
「何を言ってんだよ? ミージヒトは、俺様たちを尾行していたんだから、ニシーシが氷結のところで見せた方法は、向こうも承知のはずだろ? 同じ作戦は取れねえって、俺様が相棒に伝えたのさ」
信じられないと言いたげに、チャールティンがルーチカを見返す。
「ムッチョーダ側のミージヒトが、おいそれと氷結のギルドに、近寄れるはずがないですの。ニシーシが
「あ……」
つまり、二人とも気がつかなかっただけで、ミージヒトはチャールティンに聞かされるまで、
ルーチカが冷や汗を流しながら、コーザに視線を向ける。お馬鹿なルーチカが、まさしく愚かさゆえに、相棒を救っていたことになる。
(笑っちまうな……。お前が本当にうちを守っていたとは)
しかし、そのためにミージヒトは、死ぬことになってしまった。今のこの光景を、きっとミージヒトも見たかっただろうに。
感傷にひたるコーザに、チャールティンは呆れながら声をかけた。
「仕方ないから、教えてあげますの。ミージヒトは、妖精王に会っても外に出られないことに、気がついていましたわ。あなたと違って利口ですもの」
「本当か? どうしてわかる?」
「目的が違うからですわ。せいぜい、フレデージアに気をつけるといいですの。おおかた、自分の命と引き換えに、二度目の
チャールティンが、勝っても負けても損しないようにと、事前に配慮したのであれば、聡いミージヒトも同じように、敗北後のことを考えるかもしれない。
異なる動機。
そもそも、ミージヒトがフレデージアのみを、逃がすつもりだったのだとすれば? コーザにはわからないだろうが、あのときすでに、ミージヒトの願いは成就していたことになる。なぜなら、妖精王に出会わずとも、フレデージアは己のスキル一つで、難なくヒト型になれるからだ。あとは、壁を壊すもよし、出口を見つけるでもよしだ。探索中に、フレデージアが負けるはずがない。おまけに、ヒト型であれば、妖精の瞳という相棒の制限も取り払える。予期せず、こうしてダンジョンが失われた今、間違いなく、フレデージアは人として生きているのだろう。妖精の
半端な理解であっても、コーザとしては背筋の寒くなる内容だった。
「気にすんな。俺様とお前がいるんだ。できねえことは何もねえ。フレデージアなんか、何度だって追い返してやるよ」
「感謝しているぜ、相棒」
向けられた拳に、自分のそれを軽く合わせる。心を通わせるルーチカたちを、チャールティンは白眼視した。
「にやにやしちゃって、気味が悪いですの。立ち直ったのなら、さっさとコーザにも手伝ってほしいですわ」
「コーザさんじゃなくて、ペルミテースさんだよ」
「お前はコーザでいい」
「なっ! あなたって人は、本当に憎たらしいですのね」
「まあまあ、ペルミテースさんだって、カタレーイナさんとの思い出に、鼻の下を伸ばしたいんだよ」
「まあ! いやらしい人」
「お前にだけは言われたくないね」
「何を言っていますの。わたくしは正々堂々と、ニシーシを慕っていますわ」
「その結果、嫌がられているじゃねえか」
「むきーっ! ニシーシ、
「もう全部消えてなくなっているよ……」
ダンジョンという、ある種のエデンを人類は失った。スキルという超常の力も、必然的に失われたのだから、チャールティンの台詞はただのじゃれあいだ。人は、これからは己の力だけで、生きていかねばならなくなったのである。
(世界の仕組みが大きく変わるな……。頼もしいリーダーが必要になる)
氷結。
顔を頭に思い浮かべ、その人物へと会いに行けば、部下に仕事をやらせながら、自身は優雅に、煙草を吹かせている真っ最中だった。その口が声を発さずに、「アイシー」と形作る。
「指導者だぁ? ごめんだね。あたいたちは勝手にやるさ。だから、お前も坊やたちと自由にすればいい。……それより、お前が本当に、待ち人を見つけちまうとはねぇ。あたいの負けか」
「どういう意味だよ?」
「なんでもないさ。力が必要なときには、少しくらいなら貸してやるってことだ。じゃあな、名無し」
「
コーザの言葉に、歩きはじめた氷結が、興味深そうに振り返る。
「うちは、地表世界のカタレーイナのペルミテースさ」
「ふっ……そうかい」
ひどくつまらなそうに氷結が笑い、それを見た
(ありがとう。カタレーイナ)
それでも人は、
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