第103話 愛するあなたに

 カタレーイナがコーザに向けて語る。


「私はペルミテースが撃たれたことに、ひどく動揺しました。助からない――すぐに、そうわかってしまったのです。それはあの人も同じでした。そして、私は妖精王としての、禁忌を犯してしまったのです。ペルミテースは生まれなおすよう、私に願いました。本来であれば、望んだ形でもう一度世界に現れることなど、世界の理に照らせば不可能でしょう。ですが、仮にもシステムを補佐する存在である、この私が手ずから行えば、それもきっとかなってしまう。私は自らの役目と、ペルミテースの希望とを天秤にかけ、後者を選んでしまった。私もまだ、ペルミテースに死んでほしくはなかったのです。そうして生まれたのがコーザ、あなたです。……しかし、やはりそれはやってはいけないことでした。力の消費が激しく、気がついたときには、密閉された二重にじゅうマップを、完成させるだけのエネルギーは、私には残されていませんでした。わずかに隙間が残ってしまったのです。それでも、万に一つも、正確な出口を見つけられるはずがないと、そう確信していました。私にだって、それがどこにあるのかはわからないのですから」


 だが、不幸というものは、得てして重なるものである。出口がモンスターにあてられることは、ついに一度としてなかったが、逆のほうについては、いつの間にか見つかってしまうのである。それも地表の人間によって――。


「とてもおぞましい出来事でした。彼らは地下が封鎖されてなお、そこからもたらされる物資を得たいがため、あろうことか、仲間をダンジョンに蹴落としたのです。もちろん、私はすぐに、該当の二重にじゅうマップが無意味になるよう、変更を試みました。しかし、私を拒絶しているダンジョンが、少ない力での微修正を許すほど、すでに状況は、安らかなものではなくなっていたのです。それから何が起こったのかは、私よりもあなたがたのほうが詳しいでしょう。今日こんにちまでつづく、過酷な労働施設が誕生してしまいました。せめて、私が出口の場所を知っていれば、地下に暮らすみなさんにも、教えることができたのでしょうが、それもかないません。モンスターの存在を知っても、地表の住人たちが、自分たちの行動を顧みることは、遺憾ながらもありませんでした。そこで私は、ペルミテースの愛用していた武器をモデルに、それらと妖精とを結びつけることで、人々の生存を確保しようとしたのです。結果的に、妖精たちがより一層、過酷な状態になってしまったことについては、とても申し訳なく思っています」

「どういう……ことですか?」


 その質問が、とうの妖精本人からではなく、相棒であるニシーシの口から発されたことに、カタレーイナは、少しだけ驚いたようなそぶりを見せた。どことなく、それが自分とペルミテースとの関係に、似ているように感じられたからである。

 賢い子。

 きっと、妖精自身は気がついているのだ。


「話してしまっても?」


 カタレーイナの問いに、チャールティンは何も言えない。どのような結末であれ、それが親の選ぶ未来なら、受け入れるしかないだろう。


「妖精は、ちょうど意思の塊みたいなものです。生物は死んでも、その体から、即座に意思が消滅するわけではありません。理に拾われ、また新たな形となって戻って来るのです。……しかし、すべての意思を回収できるわけでも、きちんと世界に反映させられるわけでも、ないのです。中途半端に回収され、何にも属せない状態で、さ迷っているものもあります。それが妖精ですね。したがって、その運命は再び世界に回収されること。そのためには、もう少し大きな意思の塊なのだと、世界に認識される必要があるのです。あなたがたの言葉で話せば、レベルアップの果てに、ようやく死ぬことができるようになります」


 度しがたい真実だった。


「ルーチカ……」

「ああ。薄々、そんな気はしていたさ。チャールティンに言われるまでもなく……な。わりいな、相棒。俺様は、あの方が出口を知らないだろうと、最初から思っていたが、相棒との旅を長引かせたくて黙っていたぜ。そうすりゃ、等級のあがる機会が増えるからな。一応は俺様なりの礼儀として、前に一度、確認しているぞ。もちろん、俺様にとっては、相棒が初めての話せる人間だったってのも、大きな理由の一つだがな。……まっ、レベルアップの先が死ぬことだとは、さすがの俺様も予想外だったが……」


 ルーチカの思い描いたカタレーイナの姿は、妖精と機械とのバランサーである。融通の利かないダンジョンに代わって、個体の調整をする役目を、担っているというイメージだ。裏を返せば、それ以外に役割がないのだから、カタレーイナが出口を知るはずがないと、そう考えていた。


「そんなの嫌だよ、チャールティン!」


 隠そうとしていた残酷な定めを聞き、必然的に取り乱すニシーシを、チャールティンは優しく受け入れた。今はまだわからないだけで、いずれはすべての妖精に対し、ニシーシは罪悪感を抱いてしまうことだろう。こうなるのはわかっていた。問題ない。自分ならば、ニシーシさえも騙し通せる。


「大丈夫ですの。ニシーシ、それはまだまだ先の話ですわ。わたくしがあなたの前から消えるよりも先に、ニシーシのほうがいなくなってしまいますの。わたくしはそばを離れませんわ」


 悪循環だ。

 戦争が活気を帯びれば、それだけ多くの生物が死に、ゴミが増え、妖精が生まれる。

 ゴミが増えれば、ダンジョンは暴走し、モンスターが大量に作られる。物資の収集を、頻繁に行わなければいけなくなるからだ。それを見込んで、今度は、よりたくさんの投げ込みがされるようになり、地下の住人は足され、却って地表にあがる物資の数は、相対的に上昇する。わずかな食料と大量の物資との交換は、人口の増大をもたらし、肥沃な土地を巡る対立は、さらなる活力を戦争に与えていく。いったいなんと、業の深いことか。

 人間たちによる狂気の再生産。そして、その大本を作ったのは、ほかでもないペルミテース――すなわち、コーザ。


「うちが、この地獄を作りだしたのか。……ゲゾール」


 コーザの言葉にカタレーイナが反応する。曰く、あの傷で生きていたのか――と。ペルミテースを襲った盗賊の一人が、ゲゾールだったことに今更疑いはないだろう。

 当事者であるゲゾールは、真相をコーザに告げるための機会を、ずっとうかがっていた。しかし、復讐を果たすよりも先に、考えを改めるようになる。地表では盗賊にしかなれなかった自分が、ここでは一般人になれたからだ。以降は、むしろ自分の撃った銃弾が、このような地獄を作りあげてしまったのだと、強烈な罪悪感に苛まれることになる。生き残った加害者が、改心したがゆえに、だれよりも苦悩することになったのは、えらく逆説的な真相だろう。


「もういい……もうやめてくれ。うちが悪かった。出口なんかどうでもいい。うちはここで生きていく……」


 あまりに多くの人生が壊れてしまった。これまでの犠牲者に、どんな顔を向ければよい。ミージヒトやフレデージアに、どんな言い訳ができるだろう。


『知らなかったんだ……。まさか、こんなことになるなんて、想像さえしていなかった。俺だってわかっていたら、やらなかったさ。なあ、そうだろう? コーザ……これはお前のせいじゃない。だが、お前は決して真実に耐えられないだろう。俺も……もう限界だ。許してくれ・・・・・


 そのとおりだ。

 許してくれ。それ以外に言葉が見つからない。


「うちのせいだ」


 自分が馬鹿な気を起こした。ダンジョンの状態を知ってなお、カタレーイナとともにいることを願ってしまった。その決断をしたのはペルミテースなのだ。ゲゾールのせいではない。

 込みあげて来た吐き気を堪えられず、胃の内容物を辺りにぶちまける。

 頭がおかしくなりそうだった。

 ゲゾールはよく生きていられた。これを自責の念と呼ぶのは、あまりに生易しすぎる。


「お前のせいじゃねえだろ、相棒」


 よだれを垂らしたまま、コーザがルーチカを見やる。今は慰めの言葉さえ、聞きたくなかった。


「うちのせいだろうが! うちが……うちさえ……阿保すぎたんだ」


 だが、コーザの怒声にも、ルーチカは淡々と首を横に振る。


「相棒はあの方とともにいたかった、それだけだ。二重にじゅうマップの仕掛けを悪用したのは、地表の人間だ……。相棒じゃねえよ」

「そうですの。精巧な造りですわね。人間でさえ、出口を見つけられていないのですから、目的は完璧に果たされていますわ。モンスターが地表に出たほうが、どう考えても被害が大きいですの。コーザが気に病む理由はありませんわ。平和に生きるつもりのない、身勝手な人たちの責任まで、あなたが背負ってあげる道理は、どこにもありませんのよ?」


 チャールティンの主張に、ニシーシも力強く肯定を示している。

 だが、とでもではないが、コーザは前を向く気持ちになれなかった。


「本当に時間がぎりぎりでした。もう間もなく、このダンジョンは崩壊しはじめます。ようやく、みなさんはここから解放されるのです。もちろん、物資を無条件に作りだしていた、ダンジョンを失うわけですから、そのあとの生活にかかる苦労は、並大抵のものではないでしょう。ですが、この過酷な環境を、生き延びられたみなさんであれば、大きな問題はないと私は信じています。その前に、どうしてもペルミテース、あなたに会いたかった。ペルミテースの生まれ変わりゆえ、回収物としての側面が強いコーザには、たくさんの苦労をかけましたね。きっと、モンスターに襲われる回数が、人一倍多かったことでしょう。何よりも私が恐れていたのは、ダンジョンの崩壊時に、回収物が世界に食われてしまうことです。当然、それはあなたも……。間に合って本当によかった。半端な状態で誕生させてしまった、私の責任です。ひょっとすると、見失ってしまったことのほうが、大きな過失かもしれませんね。ですが、今度こそ、あなたを救ってみせる。あなたが私を思ってくれたときのように」


 コーザは貴重品としての性質を持つため、飛ばし屋ジャンパーが優先して拾得する対象となる。その結果がどうなかったは、ここであえてくり返すまい。名無しのコーザが生まれたわけである。

 コーザの体から、物資の側面が失われるにつれ、執行者より受けた傷も、同時に治癒していった。それに反発するようにして、コーザは泣きそうな声で叫んでいた。


「いらない! うちも一緒に連れていってくれ! もう、うちは生きていたくないんだ」

「……。情けないことを言わないでください、ペルミテース――いいえ、コーザ。あなたにはこれから、地表での暮らしが待っています。あなたが夢見た生活です。ダンジョンを失っては、システムの象徴たる私も、さすがに生きてはいられないでしょう。そして、妖精も私と共に……。理を失った世界で、あなたがどうやって生きていくのか。その姿を間近で見られないのは、とても残念なことですが、人生は一度きりです。その禁を犯した私の言葉に、説得力は欠けるでしょうけれども、くれぐれも大切に過ごしてください。いつか、もう一度あなたに会える日を、心から楽しみにしています。さようなら、コーザ。あなたを愛しています。せめて、そちらの妖精たちだけでも、パートナーを見守っていられるよう、残りの力を振り絞りましょう」


 言うやいなや、ルーチカとチャールティンとの姿が変わる。人と同じサイズにまででかくなったのだ。そして、間を置かずに、妖精王の姿が薄くなりはじめた。


「カタレーイナ!」


 コーザが妖精王に手を伸ばす。その手に触れようと、カタレーイナも腕を出しかけたが、途中でやめると、ただにこやかにほほ笑んだ。そのまま空気に溶けるようにして、完全に消える。

 それと呼応するかのように、ダンジョンもいたるところで軋みだした。


「崩れるぞ!」


 天井の異変に気がついたルーチカが、チャールティンに向けて叫ぶ。

 与えられた最後のエネルギーで、純石じゅんせきのシェルターを作りあげると、チャールティンはニシーシとそこに避難した。遅れてルーチカもつづく。だが、コーザは虚空に手を差し出した状態から、少しも動けていない。


「――ったく、世話のかかる相棒だな!」


 その肩をつかんで、無理やりに運ぶ。ルーチカが人の姿になったからこそ、できるものだった。

 すさまじい崩落の音。

 いつまでも鳴りやまないため、防空壕のほうが、先に壊れてしまうのではないかと、ルーチカは思わず恐怖した。

 やがて、連続した大きな衝撃が収まったとき、回収物である純石じゅんせきも、音もなくかき消えていた。

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