第102話 真実を知ったペルミテースの考えたこと。
それからは、妖精王を追う日々がつづいた。俺は自分の名誉や、宝のことなんかすっかり忘れ、ただひたすらに妖精王の姿を探した。
もう一度見たい。
その欲求がかなうと、今度は話をしてみたいという夢が生まれた。その願いに際限はなく、ついには妖精王のほうが根負けし、俺が現れても姿を消さなくなった。
「まったく……困ったものです。あれだけ妖精たちには、私の居場所を教えないよう、注意していたのに……」
「妖精?」
そんなものに、俺は一度として出会っていない。聞き返す俺の言葉が、妖精王にはよほど不思議だったのだろう。俺の目元をしげしげと覗きこんでいたが、やがては呆れたように顔から手を離した。王が触れた箇所を、俺は余韻にひたるようにして何度もさする。
「信じられません。本当にあなたは、妖精の瞳を持っていないにもかかわらず、毎度毎度、懲りずに私を探しあてていたのですか……」
「傭兵の勘ってやつかな」
実際には、途方もない時間を、飽きることなく費やしていただけなのだから、俺としては誇る気にはなれなかった。だが、妖精王がこうして、他愛もないお喋りをしてくれるだけで、俺はすべてから報われた気になっていた。
やがて、その名がカタレーイナであることを知った頃、俺は図らずも、ダンジョンの状態を知る羽目になった。
襲われたのだ。
それは巡回車と呼ばれる幻獣だと、のちにカタレーイナから聞いた。
動きが早く、また、狙った獲物を追跡する力が強い。何よりも厄介だったのは、壁の造りと同じで、手持ちの武具では、全く対処しきれないという点だった。
もうダメかと思ったとき、カタレーイナが俺の前に現れていた。そうして、巡回車を触れもせずに消滅させる。その光景に、俺はカタレーイナが、本当に人ならざるものなのだと、そう強く実感した。それと同時に、自分とは違う世界の存在だという事実が、非常にもどかしく、また、だからこそ一層に、愛おしさも溢れて来るのだった。
「暴走する個体が、もうこんなところにまで……」
言葉づかいに違和感を覚え、詳細を尋ねてみれば、世界のあまりに悲惨な状況に対し、俺は目をつむることしかできなかった。
ダンジョンは、世界が固有に持つ理の現れなのだという。生態系という言葉で、言い表してもいいのかもしれない。
地表での役目をおえたあらゆるものが、世界に回収され、そうしてまた新しい形となって生を受ける。そのシステムを担っているのが、このダンジョンという建造物なのだそうだ。道理で、とても人の作れる代物ではないと、俺は納得し、何度もうなずいた。
「世界が生みだした新しい物資を、地表にまで運ぶ役割を与えられたのが、この子たち幻獣なのです」
しかし、そのシステムはやがて破綻する。生態系を、自らの所有物であると見誤った人類が、あまりにたくさんのゴミを、地上に作りだしてしまったからだ。回収されたあまたのゴミは、システムに不具合を生じさせていく。幻獣たちの凶暴化――すなわち、モンスターが誕生した瞬間であった。
「それでも、初めのうちは、私のほうで対処ができていたのです。しかし、今はもう、じかに接することでしか、幻獣の行動を制御できません。次期に、モンスターは地表へと向かうことでしょう。それを封じる手立てはないのです。だって、幻獣たちはダンジョンの外に、物資を運んでいるのですから……。そうなっては時間の問題です。人がそれに対処できないことは、ペルミテース、あなたも身をもって思い知ったはずでしょう。……ごめんなさい。もう、私にはどうすることも……。ですから、ペルミテース。あなたはできるだけ、ここから遠くに離れてください。なるべく長く、地表で生きるのです」
何も言葉が出なかった。それでも、カタレーイナの助けになりたくて、俺はなんとか口を開く。
「幻獣はどうだ? 幻獣が生まれるのを、止めることはできないのか!?」
しかし、その提案にも首を横に振るだけだった。以前からずっと抱えていたであろう悩みに、頭の悪い俺が、簡単に解決策を出せるはずもなかった。
「無理です。幻獣の出現場所である
カタレーイナの決意に、俺は口を開けなくなる。
死んでほしくない。
ずっと、俺と一緒にいてほしい。
だが、このままでは世界が、モンスターで溢れかえると言われては、どうすることもできない。
ちっぽけな俺に何ができるだろう。
元傭兵。それ以外に取り柄のない俺が、いったいカタレーイナのために、何をしてやれるというのか。
俺は必死になって考えた。
生まれて初めて、頭を働かせるということをしたかもしれない。
「塞げ……ないか? モンスターを、ダンジョンの中に閉じこめるんだ。そうすれば、君は死ななくてもよくなるはずだ! 違うか!?」
見開いたカタレーイナの目が、俺へと向けられる。
「……そんなこと、思いつきもしませんでした……」
アイディアは採用される運びとなった。
その後、カタレーイナから、ダンジョンの詳しい説明を受けた俺は、変更不能な建物の基盤によることなく、地下をあまねく封鎖する方法として、二つのギミックを考えだした。ワープゲートと、
「ありがとう、ペルミテース。本当に感謝しています。これで安心して死ぬことができます」
「なん……でだよ。話が違うじゃないか! 俺は君に死んでほしくなくて――」
「いいえ。もう私の役目はおわってしまったのです。ダンジョンはすでに、私の手から離れてしまいました。世界の理にひずみがある以上、それは創造者自身の手によって、修正されるしか改善はありません。わかってください、ペルミテース。あなたはまだまだ地表で生きられる。ここに留まってはなりません」
「嫌だ。……君と離れたくない。俺はもう十分に生きたさ……やったんだよ! どうしても、君が自滅を避けないと言うのならば、残りの命を俺にくれ。俺はこの地下で君と滅びたい……」
駄々をこねた俺に、カタレーイナは再び折れることになった。モンスターに襲われない場所を、用意してくれたのだ。
セーフティ。
結局、俺は一度としてそこを使うことがなかったが、二人で最後の時間を過ごす場所として、その地は設けられた。
手持ちのナップザックには、大して食料が入らない。この点も、カタレーイナが対応してくれた。俺は妖精王の好意に、ずっと甘えっぱなしだった。俺は愛していたが、カタレーイナはただの善意で、やってくれていただけだったのだろうか。真相はわからない。
すべての準備をおえた俺は、ダンジョンに戻った。すでに、モンスターによる地表への到達は、間近に迫っていたため、この頃にはもうワープゲートのギミックが、地下に施されていた。だが、俺は難なくそこを進んだ。カタレーイナが、内緒で会いやすくしてくれているのだろうと、そう思った。エネルギー装置に触れ、カタレーイナに合図を送る。まもなく、その姿が現れた。
死ぬことへの恐怖は全くなかった。むしろ、最後の瞬間まで、カタレーイナがそばにいてくれることに、絶大な喜びを感じていた。
だが、俺の計画は甘すぎたのだろう。
幾度となくダンジョンを往復する、俺に目をつけた盗賊たちが、そのあとを追って来ていたのだ。俺はまんまとカタレーイナのもとに、そいつらを案内することになってしまった。目的は宝だという――昔の俺と同じ、ろくでもない屑どもだ。
相手は四人。
腕がなまった自覚はあったが、仮にも数か月前まで、戦闘が仕事だった人間だ。遅れを取るようなことはなかった。
しかし、やはりどこかで、気持ちに緩みがあったのだろう。仕留め損ねた人間の一人が、カタレーイナに銃を向け、それを庇ったために俺は胸を撃たれていた。
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