第101話 カタレーイナ

「何を……言っている?」


 コーザは困惑していた。いや、戸惑うという表現はふさわしくない。

 怒りだ。

 衝動的に噛みしめた歯は、その力に耐えきれず、わずかだが欠けてしまっていた。

 たしかに、自分にはだれのものとも知れない、不自然な記憶がある。だからといって、それが大罪人である、ペルミテースのものなぞとは、世の中には、言って良いことと悪いこととがあるだろう。

 爆発しそうになる気持ちを抑えられたのは、単なる偶然だ。たまたまちょうど、ハプニングが起こったからにすぎなかった。

 飛ばし屋ジャンパー

 自分たちを追って来たのか、突如としてコーザの隣に、Sランクの機械が出現したのである。

 動けない。

 体が完全に恐怖で硬直していた。

 死の権化がいきなり隣に現れると、もはやどうすることもできないのだ。

 冷や汗だけが背中を流れる。

 やっとのことで逃げられたというのに、このざまか。運命というものは、いつだって本人の意思を、尊重することはないのだなと、コーザがあきらめかけたそのとき、カタレーイナの指が、飛ばし屋ジャンパーの頭に優しく触れられていた。

 一瞬にして、機械の体が地面の中へと沈みこんでいく。生きたまま、ダンジョンの中へと回収されていったのだ。

 その姿を、悲しそうに眺めていたカタレーイナが、コーザに向かって口を開く。


「ここに来た飛ばし屋ジャンパーたちには、私が少し手を加えました。ペルミテースをこちらに飛ばすよう、能力の一部を書き換えたのです。……ですので、もし、あちらのかたを、私の待ち人でないと言うのなら、あなたがペルミテースに違いないのです。瞳を与えてから、もうだいぶ時間が経ちますが、記憶があまり戻っていないのですね……。そちらのかたは?」


 尋ねられた内容を、理解できなかったニシーシに代わり、チャールティンが的確に答えていた。


「出身がイトロミカールですの。瞳を持ったのは相当に古いですわ」

「そうですか。コーザ……もう、あなたも気がついているのでしょう? あなたの中にある別人の記憶に」

「違う!」


 コーザは頭を手で押さえ、カタレーイナの言葉を頑なに拒絶した。


「これはペルミテースのなんかじゃない……違うんだ」


 そんなことあってはならない。自分がペルミテースなぞと、そんな不条理が、許されてよいはずがないのだ。


「わかりました。では、お話ししましょう。二十年前、この世界……いいえ、私とペルミテースの間に何があったのかを。そうすれば、おのずとはっきりするはずです」


 カタレーイナは懐かしむように、コーザの顔を見つめた。







 三十二歳になった俺は、自分の人生に悩みを抱えていた。この先も傭兵家業をつづけていくべきか、わからなくなっていたのだ。

 戦争で飯を食う。

 それが決して褒められた仕事でないことは、学の狭い俺にもわかった。形は違えども、人を殺して金をもらっているのだから、それを善良と断じるのは、ちょいと無理がある言い分だろう。だが、同時に、戦えない人間に代わって行うという部分に、一定の意味を見出していたこともまた、否定しがたい事実だった。臆病な人間まで、わざわざ戦場に出る必要はない。怖い思いをする人の数は、少ないほうがいいに決まっている。

 俺が悩んでいたのは、そういった道徳というか、傭兵の、哲学的な側面についてではなかった。それなりに力のあった俺は、むしろ自分の名誉をどうしたいのかと、そういう部分に葛藤を抱えていたのだ。

 このままつづけていても、一流にはなれない。どこかで自分よりも強いやつと戦って、そいつに殺されることだろう。それならば、もう少しでかいことをしてみたい。何か、歴史に名を残せるような、偉業を成し遂げたいと、そう強く感じていたのだ。

 決断は、自分でも驚くくらいに早かった。翌朝にはもう、俺は荷物をまとめていた。

 向かった先は、ダンジョンと呼ばれる古い建造物。事前の情報では、奇妙なものがうろちょろしているので、だれも近づかないと言う。


『妖精だよ。あの中には妖精がいるんだと……。気味が悪いだろ』

『その割には、せっせと物資を、ダンジョンから運んでいるように見えたが?』

『……。ありゃ別だ。入り口付近に置かれているものを、拾っているだけさね。だれも中には近づかねえよ』


 その話を聞いたとき、俺はこれだと直感した。自分の使命とすら驕った。妖精なんてものを素直に信じてやれるほど、俺はお人よしじゃない。建物の手前にさえ貴重品があるならば、その奥に見えるのは宝の山だ。人生を賭ける以上の価値がある。

 食料を調達した俺は、すぐさまダンジョンに潜入していた。

 中は、それほど暗くはなかった。


「たいまつは無駄な出費だったか」


 歩くのに不都合はなかったが、いかんせん、そこは迷路のようだった。壁に目印をつけようにも、硬すぎて、持っている道具じゃまるで歯が立たない。


「……。妖精を信じるのも、無理ねえかもな」


 こんな建物を人は作れないだろう。神か、それに類する存在の御業だと、そう考えたくなる連中の気持ちも、わかるように思えた。

 だからといって、俺の挑戦はおわらない。

 それからも、俺はダンジョンに足しげく通った。

 次第に道順を覚えた俺は、かなり奥のほうにまで行けるようになった。

 宝と呼べるものは、あいにくと一向に見つけられなかったのだが、俺はそこで運命の出会いをした。妖精王に会ったのだ。

 美しかった。

 見たとたん、心が奪われた。

 自分が探していたものはこれだったのだと、強烈な幸福感で胸がいっぱいになった。

 だが、妖精王は俺の顔を見るやいなや、姿を消した。

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