第97話 拳銃

 コーザを見送るべく、チャールティンとマーマタロとが、目線を前方へと向ける。その隙をつき、フレデージアは駆けだしていた。振り返ったマーマタロが、驚きのあまり目を剥く。


「あやつはどこに消えた」


 あれほどの心理状態でありながら、なおも平然と動けるとは、全くの予想外であった。行き先は後ろ……タオンシャーネに戻ったのだろう。だが、なぜ? 決まっている――相棒を乗りかえるためだ。しかし、そんなにすぐには、相性のよいパートナーが見つかるとは、いささか考えにくい。やはり、復讐を企んでいるのではないか、という先ほどの直観は、杞憂だったのだろうか。

 それでも、ゲゾールの口から、世界の真相を聞いているマーマタロには、別の可能性に気がつけてしまう。


「……なんということだ。あやつ、まことに妖精か? 信じられん……自力でそのようなことを思いつくとは」


 それは、銃に施されたルールを熟知していなければ、絶対に導きだせない種類のものであった。

 自分自身が、新たに拳銃を持つのである。

 そもそも、人間と妖精とでは、本質的に相性の因子が異なる。武器とリンクする仕組みが、根本的に違うのだ。

 当然だろう。

 今も継続して勝手に生まれている妖精と、限られた侵入者にすぎない人間とが、同じ反応を示すことのほうが、よほど不自然である。

 氷結の事例からもわかるとおり、単一の拳銃に対して、複数の妖精がリンクするというのは、稀ながらも存在している。しかし、その逆はない。一人の人間が、複数の銃を使用することはできないし、ましてや、いくつかの仲間でシェアをするということも、一切認められてはいない。リンクされた持ち主一人が絶対であり、その武具に照応した妖精に対して、ダンジョンが与えるぶんのエネルギーしか、拳銃には保管されないのだ。ゆえに、他人の拳銃でスキルを発動することは、決してできない。その例外とも呼ぶべきものが、ルーチカの莢の炎カートリッジである。

 本来であれば、動揺してもよい場面だ。

 しかし、それを現に目撃してなお、フレデージアには揺らぐことがないのだから、拳銃の仕組みを熟知している点は、疑いようがない。故ミージヒトのチャカが、コーザに拾われているにもかかわらず、本人とペアになっていないことを、確信しているのだ。そうでなければ、今頃は、タオンシャーネではなく、コーザ自身に向かっていることだろう。強制顕現フレデージア中ならば、スキルストックが回復するだけで、コーザの意思に関係なく、技を発動させられるのだから……。ということは、二十年前、カタレーイナが何をしたのかを、フレデージアは把握しているのだろうか?

 いいや、それはない。

 カタレーイナの動機がわかっているのならば、ダンジョンの出口を探そうなぞという、無意味なことはしていないだろう。妖精王が出口を知るはずがないのだから。


「……妖精として、新たに相棒を探すのは骨が折れるが、それも人の性質を帯びている今ならば、事情は違う。簡単に破棄できない代わりに、人間と拳銃の相性は、すこぶるよくできている。一丁めならば、まず間違いなくリンクするであろう」


 ミージヒトが知らなかったのも無理はない。これを確かめる方法なぞ、それこそ仕組みを作った本人に聞くより、ほかにはないと言えた。

 そして、だれともペアになっていない武器というものは、思いのほか、簡単に見つかってしまうのである。それは至極単純な方法だ。必ず、セーフティには予備がある。コーザのような例外を除けば、人間が複数の拳銃を所持することに、大した意味はないのだから、他人に回すのは道理にかなっている。持っていても、荷物になるだけだ。それならば、次の同居人に譲ろうとするのは、地下への投げ込みがあることを思えば、自然な対応であった。


「チャールティン、しばしニシーシを任すぞ!」


 戦えないチャールティンたちを、その場に残すことには抵抗を覚えたが、これはマーマタロでなければ、応対しきれない問題だ。

 人の性質を帯びたフレデージア。だが、それは見方を変えれば、いまだに妖精としても機能している、ということである。もしも、真っ新な拳銃とリンクしたとき、それが、妖精の側面についても、認知してしまうのだとしたら? フレデージアだけは、相棒を選別しなくてもよいということになる。

 それだけではない。

 たった一つ、新品の拳銃を手にいれるだけで、フレデージアは、自分自身を相棒として、使うことができるようになる。その先に、再度の強制顕現フレデージアがあることは、もはやだれの目にも明らかだろう。

 あれほどのスキルだ。重ねて用いようものなら、何が起こるのかは本当に予想できない。スキルストックの制約さえも、無視したとしても何ら不思議ではなかった。

 はたせるかな、マーマタロの心配は現実のものとなる。自らの足を顧みないフレデージアの動きに、マーマタロはついていくことができなかった。

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