第96話 この世界で、人が生きていくための妖精たち。

 一瞬、フレデージアの視線が、亡き相棒の拳銃に注がれた。その目に、復讐の炎を見て取ったマーマタロは、即座にコーザへと警戒を促していた。


「油断するな。まだ、こやつは何か企んでいる。毒を食らわば皿までだ。この妖精も始末するよりほかにない」


 フレデージアがヒト型になっている今ならば、それもきっとかなうであろう。

 しかし――。


(ニシーシの見ている前で、本人が作った短刀を、殺人の道具として使うのか?)


 ミージヒトのときとは状況が違う。もはや勝敗は決した。これ以降の暴力は、どのような言い訳であっても用をなさない。それは単純な殺害となってしまう。最悪、自分が無法者になるのはかまわないが、それはニシーシの心にまで、大きな影を落としてしまうのではないか。まさか、この短刀を作った際、チャールティンは、本来の用途を述べてはいるまい。

 躊躇するコーザの様子から、マーマタロは己の失言を自覚した。


「……。いち早く、この場を離れるならば、汝への影響も少なかろう。武具を持って、ただちにゲゾールを追うのだ」


 スキルの主体は妖精だが、そのエネルギーの保存先は拳銃である。リンクされた拳銃がかたわらになければ、いかにフレデージアといえども、技を発動させることはできない。これは、スキルストックが枯渇した今ならば、強制顕現フレデージアの最中であってもあてはまる。エネルギーは必ず、一度、拳銃を介すからだ。


「ああ、了解した!」


 ゲゾールの出身はタオンシャーネではない。それが意味するものは、未踏破領域を移動できる程度には、きちんと戦闘が行えるということである。しかし、それでも走査員スキャナーの警報は気がかりだ。どんな種類のモンスターが、どれだけの数だけ呼び寄せられたのか、全くわからないのである。運悪く、Aランクと鉢合わせしている恐れも、ないわけではない。そのとき、はたしてゲゾールは無事でいられるのか。今更ながら、本人をセーフティの外へと、迂闊に出してしまったことが悔やまれた。


「なら、急ぐといいですの。妖精が受け取るエネルギーは、レベルが高ければ高いほど、頻度が早まりますから」

「……」


 なぜ、それをチャールティンが知っているのかと、そう問いたげな視線をコーザは送った。イトロミカールにこもっている限り、接する妖精の数そのものが減るのだから、当然にレベルアップの機会も少なくなる。ゆえに、そこにいる妖精のレベルにも、おのずと限度があるはずだ。フレデージアと同じ水準の相棒が、そうそういるとは考えにくい。

 しかし、コーザの予想に反し、チャールティンは、あまり得意げに語ろうとはしなかった。ただ、軽く目を伏せただけである。


「そんなもの、知らなくたってわかりますの・・・・・・・・・・・・・


 奇妙な発言に面食らうコーザとは裏腹に、ルーチカは天を仰ぎ、次いで、ため息混じりの自嘲的な笑みを浮かべた。


「そうか……。チャールティンが言うなら、やっぱり俺様たちはそういう存在・・・・・・なんだな?」

「あら、ご存じでしたの。だからといって、そんなに気を落とさないでくださいまし。わたくしだって、違えることはありますわ。……妖精王に会いさえすれば、どうせはっきりすることですの」


 それが慰めの発言であることは、わかりきっている。ゆえに、気遣いへの感謝として、ルーチカはうなずきだけを返す。

 走りだした背中に、すぐさまフレデージアの怒声が飛んだ。コーザとチャールティンとでは、動機が全く異なるのだ。片や相棒を守ろうとした妖精と、私利私欲のために動いていた人間。自分と同じ理由で行動していた、チャールティンはともかくとして、どうしてコーザを見過ごせよう。


「……そこまでして、こなたらの望みを奪うのか……。許さぬ、こなたは決してそなたを許さぬぞ! コーザ! ペルミテースの呪いを、そなた自身で受けるがいい!」


 何を言わんとしているのか、正確にはわからなかった。だが、呪いという言葉自体には、コーザにも多少の覚えがある。まさか、どうあがいても、ダンジョンからは脱出できない、とでも言いたいのか。もしそうならば、なぜミージヒトは、狂気的なほどにまで真剣に、出口の捜索に取り組んでいたのだ。

 足が止まりそうになるコーザを見るにつき、相棒のルーチカが思わず口を開く。


「気にしなくていい。そうさ……気にしなくていいことなんだ」


 自分に言い聞かせるような言葉が、コーザの胸を強く打つ。


(妖精とは……? うちとはいったいなんなんだ)


 大いなる疑問から目をそらした視線が、ダンジョンの曲がり角を捉えた。

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