第94話 人としてのフレデージア。

 図らずも、けりをつけようとしていたのは、ミージヒトたちも同様であった。天邪鬼マリシャスにより、コーザが吹き飛ばされるのを確認すると、ミージヒトは労わるようにして、フレデージアを見やった。


「そろそろ、準備運動はおわったかな?」

「はい、お待たせしました。次で決着をつけます」


 本来であれば、さっきコーザを仕留める予定だった。しかし、ルーチカがコーザから離れ、逆方向の通路に逃げてしまったため、計画は大いに狂った。

 禁止区画デッドエンドの中でも、妖精は問題なく突き進むことができる。だが、これは妖精が人でも機械でもないという、イレギュラーな存在だからこそのものだろう。そうであるがゆえに、天邪鬼マリシャスは妖精が単独で存在する区画を、書き換えることができない。端的に言えば、同地を対象としてスキルを発動することは、かなわないのだ。

 だが、それもコーザをルーチカのほうへと、無理やりに弾けば解決する。

 あとは、複数のスキルを同時に・・・・・・・・・・使えばよい。

 感覚が戻るのに、だいぶ時間がかかってしまったが、もう十分だろう。完璧に体を制御した。

 天邪鬼マリシャスで三方を封じ、逃げ場をなくしたうえで死神の愛アムネスティーを放つ。

 さすれば、何人であろうと刈り取ることが可能だ。

 残りの二か所を、一斉に閉鎖してやろう。

 刹那――。

 フレデージアがスキルを発動するより早く、コーザが目の前に姿を現していた。


「どうして!?」


 悲痛な声でフレデージアが叫ぶ。

 完全に意表を衝かれてしまった。

 禁止区画デッドエンドによる排除に、若干のタイムラグがある以上、天邪鬼マリシャスの直後に風を飛ばすやり方が、ベストだった。特に、禁止区画デッドエンドへの置き換わりには、スキルごとに変動する時差がある。複数のスキルを一度に用いるのは、それを回避する意味も込めていた。置き換わりのタイミングが、共通になるからである。しかして、逃れる時間は生まれない。

 それなのに、まだ天邪鬼マリシャスさえ使えていないではないか。これでは到底、死神の愛アムネスティーは間に合わない。

 第一、自分が同時にスキルを使えると、なぜわかったのだ? それはだれにもない発想のはずである。

 コーザがトリガーを引く。

 懲りずに蛇の舌スネーク、あるいはそう見せかけた通常弾か。

 風の贄エロード? いや、すでにすべてのスキルが、発動モーションに入ってしまっている。自分の残数はすでにゼロだ。それらを強引にキャンセルしたところで、使える弾数は変化しない。

 ならば、受け止めるのだ。己の体で。

 幸いにして、この状態で負った傷ならば、強制顕現フレデージアの解除とともに、きれいさっぱり消え失せる。人であるミージヒトを守ることのほうが、遥かに優先されるはずだ。


「――ッ!」


 しかし、同じ心配をミージヒトもするのである。

 今、フレデージアは人の状態にある。では、もしもそのとき、深手を負ってしまったら? 死なないはずの妖精も、倒れてしまうことがあるのではないか。

 ゆえに、フレデージアを庇うべく、ミージヒトは前へと飛びだしていた。

 発砲。

 コーザに遅れて放った弾丸は風となり、両者の軌道をわずかに変えた。

 互いの腕をかすめ、火傷をしたときのような痛みが走る。

 なおも、コーザは前進する――幾度もトリガーを引きながら。

 それが弾ぎれを誇張するための、単なるパフォーマンスであることは、ミージヒトにはわかっていた。

 火の弾ショットか、それとも純石じゅんせきの短刀か。

 いずれにせよ、切り札の種はわかっているのだ。対応は容易である。


「自分の勝ちだ! コーザ!」

「ミージヒト!」


 大声を発しながら、コーザが自身の拳銃を放り投げる。

 そうして、腰から情報屋の形見を取りだしていた。

 やはり、そっちが本命だったか。

 ミージヒトは己の勝利を確信し、そして二度の発砲音が鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る