第93話 天邪鬼

 衝撃。

 一体全体、何が起こったというのか。


「かはっ」


 息ができない。

 全身に痛みが走り、何とぶつかったのかさえ、いまひとつつかめなかった。


「うぐ……」


 目の近くに地面が見えたため、ようやく、自分が倒れているのだと理解できた。

 視界が、にわかに前方の光景を映しだす。

 通路。

 その先に、黄色と黒との縞模様――すなわち、禁止区画デッドエンド

 それは、つい先ほどまで、自分がいた場所にほかならない。

 驚くべきことに、突如としてその一帯が、進入禁止のエリアに変化していたのだ。

 これが、フレデージアのスキルによるものであることは、疑いようがなかった。


(一時的にであれ、ダンジョンの仕掛けを書き換える……だと。本物のバケモンじゃねえか)


 人を拒絶する区画の中にいる者は、強制的に、外へと弾かれる仕掛けになっているのだろう。おかげで、ルーチカのいた反対側にまで、吹き飛ばされてしまった。

 ぼろぼろだ。

 もはや動く気力もない。

 あと数度、同じことをされるだけで、体は完全に限界を迎えるだろう。

 心が折れてしまいそうだった。


「どうするよ、相棒!?」


 ルーチカの声にも、コーザは気だるげな視線を向けた。


(どうするもなにも……)


「これですべてが決まるんだ。俺様の相棒なら、あと一回くらいは動けるんだろ?」

「ふっ」


 それはいったいどういう理屈なんだと、思わずコーザは笑ってしまう。

 だが、おかげで少しだけ気持ちが楽になった。

 余力はもうほとんどないが、かろうじて、運命に抗しようとする意思が、あとほんの少しばかりだけ残っている。


「……そうだな。最後のひと踏んばりだ」


 これまでに六回のスキルを使用した。

 残りのスキルストックは一。それに隠し球として、火の弾ショットが一発ぶんある。接近戦に持ちこめないことを無視しても、純石の短刀は、すでにムッチョーダにて見せてしまったのだ。ミージヒトにもばれていると、そう推定するのが賢明だろう。戦力としては数えられない。


「そうか。なら、後悔のないように、俺様も気がついたことは言わせてもらうぜ。相棒、妖精のレベルアップは知っているな?」

「ああ、合体するんだろう? それが今、どんな関係――」

「違う。どういう順番で、俺様たちはレベルアップしていく?」

「現在のレベルを基準に……」


 そこまで言いかけ、コーザもルーチカの伝えんとすることに、はたと気がついた。それは単純ながらも、あまりに残酷な真実だった。


「ああ、そうだ。俺様たちは、よりレベルの高いほうに吸収される。そのとき、准妖精(レベル二)を除きゃ、レベル一のやつとはくっつかねえ。わかるだろ? ミージヒトが相棒をつけまわしていた当時、俺様のレベルは五。それでいて、俺様はレベルアップしているし、向こうもそれは承知のはずだ。レベル五の妖精が進化したとき、考えられる次の等級は七か八だぜ」


 これこそが、氷結の急成長を、驚天動地たらしめた原因である。いきなりレベルが倍以上になるなぞ、起こるずもない出来事だったのだ。無論、それが複数の妖精を抱えたためであるのは、すでに見ている。

 閑話休題。

 レベル三の場合には、准妖精としか結合しないため、四という数値は世の中に存在しない。したがって、ルーチカのレベルアップを知るミージヒトは、当然に、八発のスキルを警戒していることになる。


「追加した火の弾ショットは……切り札にならねえのか」


 目が泳ぐ。

 莢の炎カートリッジによる弾数のごまかしは、レベルアップを経てからだと、場合によっては通用しない。はたから見ると、スキルストックの値が、一時的に不安定になるからである。ゆえに、相手が進化後のレベルを確信するまでは、莢の炎カートリッジに身を委ねるのは避けねばならない。それを今、コーザはこの瞬間に理解したのである。

 失念していたのだ。

 切り札としてのもう一発という、驚くべきギミックを思いついたとき、ルーチカのレベルアップを予想することなぞ、コーザにはできるはずもなかった。


(マジ……かよ)


 もはや、八方塞がりではないか。どこに手をつければ状況を打開できるのか、まるっきりわからない。


(だが、さすがに情報屋の拳銃を使うとは、ミージヒトも思っていないはずだ。他人のチャカでも撃つのは可能……。この薬莢の秘密はここまで隠し通せた)


 もちろん、初めから用いるつもりで、獲得したわけではなかったのだが、ミージヒトを出し抜くためならば、形見でも喜んで使わせてもらう。


「それからな、相棒。莢の炎カートリッジだが――」


 ルーチカの声を聞きながら、コーザは落としてしまっていた、自身の拳銃を拾いあげた。言うまでもなく、禁止区画デッドエンドの一件で手から離れたのだろう。


「――ッ!」


 気がついたと同時に、コーザは駆けだしていた。

 フレデージアの背後に見えたのは、紛うことなく薬莢である。それを消費しながら、スキルを発動させていたのは疑いない。自分たちは拳銃を使うというのに……。

 くり返そう。

 フレデージアは、もはや拳銃を使うことなく、スキルを発動させていたのだ。引き金の制限ゆえ、スキルは一度に一発・・・・・だけという原則を、今も律義に守っている保証は、どこにもなかった。眼前のブロックが、禁止区画デッドエンドから戻っていないという事実は、小さいながらもその傍証となろう。

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