第87話 取り引き

「……」


 ちらりと、チャールティンはフレデージアを一瞥した。

 自分が敵の斥候かもしれない、という可能性はあるにせよ、明らかに過剰なほどの警戒だ。パートナーである人間が、トリガーを引かなければ、いかに妖精といえどもスキルは使えない。ゆえに、相棒の不在は、間違っても戦闘にはならないことを、意味しているのだが、思わずそうしてしまうほどに絆は強いのか。

 まさかそれが、片方だけの情愛というわけでもあるまい。この相棒は瞳を持つほどに、妖精を信じているのだから、ミージヒトも同様に、相当にフレデージアに執着しているのだろう。だとすると、その動機も、ひょっとすると、本人のものではないのかもしれない。ここから脱出したがっているのは、なるほど、フレデージアのほうか。

 もちろん、交易人の来る出口は、すでに試したのだろう。つまりは、単独でも二重にじゅうマップを突破できる、妖精という存在でさえ、通常の出口からでは、脱出できないことになる。やはり、自分が予想していたとおりだったか。妖精は、人間のために生かされている・・・・・・・・・・・・・。まあ、今更、驚くようなことでもあるまい。ニシーシさえ無事ならば、この囚われの地下でも、喜んで住みついてやろうではないか。

 それだけではない。

 妖精によるダンジョンの脱出なぞという、無謀な計画を真剣に試みるあたり、さては、自分たちの命が、どのようにして食いつながれているのかを、フレデージアは知らないと見える。なるほど、様々な場所を巡って冒険していた割には、真実を知る妖精の数というのは、ずいぶんと少ないものなのだな。


「わたくしからの注文は一つですの。タオンシャーネに、ペルミテースがいなかった場合には、コーザを殺してほしいですの」


 一瞬、ミージヒトは考えこむそぶりを見せた。チャールティンの、「いなかった場合には」という物言いに、引っかかりを覚えたからである。

 当初、この取り引きは、情報屋についた嘘を、詳らかにすることにあった。それは著しく、コーザを不利にするものなのだから、殺してほしいという注文は妥当である。しかし、チャールティンの主張は、ペルミテースがタオンシャーネにいたときには、特段に争う必要がない、という言い分にも思える。だが、実際にペルミテースがいた場合には、当然ながら、コーザとの戦闘は免れない。そもそもこれは、どちらが先にペルミテースを確保できるのか、という競争なのだ。戦いを回避できる道理はない。ゆえに、チャールティンの提案は、選択肢があるように見えて、その実、どこにも余地が存在していないのである。はて、なぜこのような、不可解な言い回しをするのだろう? 瞳の有無を見破った、チャールティンに限って、まさかこんな簡単な事実に、気がついていないはずもない。よほどペルミテースの不在でも、確信しているのか。いや、しかし……。

 ミージヒトは頭を横に振って、ひとまずはチャールティンの対応に努めた。


「……それは、いったいどのくらいの確率か?」

「待ち人本人に、捜索されているという心当たりが、一切ないのも不自然ですの。タオンシャーネには、仲介人が常駐しているのですから、たとえペルミテースが、生産系のために出歩けないのだとしても、彼らを雇えば済む話ですわ。ゆえに、ペルミテースに、ワープゲートを潜る勇気がないのであれば、あるいは――なんていう具合でしょうね」


 猟奇的な地下牢を、好んで作りあげたペルミテースのことだ。本人が出口に興味を示さないというのも、十分に考えられる。しかし、脱出のあてがあるならば、その権利を売って、金に換えればよいだけだろう。いないかもしれないという、チャールティンの考えに、おかしなところは見られない。


「しかし、決戦のタイミングを早める対価が、嘘の開示というだけでは、いささか割に合わないな。時機を見計らえば、もっといい頃合いもあるやもしれない。もう少しばかり、色がほしいところだ……。自分らは準備の期間だって、大幅に縮めることになるんだぜ?」


 それはない――と、そう言わんばかりに、チャールティンが片方の眉をつりあげた。ミージヒトは、イトロミカールのセーフティにこそ、立ち入っていないが、様々な妖精を経由することで、コーザとマーマタロとの話を、確実に耳にしている。なれば、ゲゾールが互いにとっての王手であることは、当然にわかっていなければならない。コーザであればともかくとして、本気で追跡に専念している、刺客のほうについては、承知しているものとばかり思っていたが、やはり念押しのために来てよかった。自然なままに委ねていれば、争いの不発により、ニシーシがコーザについていくなぞという、憂うべき事態になりかねなかった。

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