第86話 知らなかったよ。うちらは、最初から無意味な争いをしていたんだな。

「……」


 つかの間、チャールティンは継ぐ言葉を選んだ。

 唐突にはじまったコーザの冒険譚は、それゆえに不測の事態に陥った。再びコーラリネットに戻ることになったのだ。もちろん、当時のコーラリネットが、どのような状態であったのかなぞ、疑う余地もない。理由はどうであれ、氷結とムッチョーダとが、勢力争いを激化させていたのである。なれば、その戦いに際して、ミージヒトは必ず、ムッチョーダから参戦を、求められたはずなのだが……その場で氷結が倒してくれるのではないか、という期待は、少し欲深かっただろうか。いや、意地悪な氷結のことだ。きっと、コーザのために、今のように一対一で戦う舞台を、整えたと見るほうが自然なのであろう。

 翻って、ミージヒトとコーザとは、いったいどんな利害の不一致で、もめているのだろうか? 特に、ミージヒトの動機については、摩訶不思議なのである。ギルドの支援を受けているにもかかわらず、その実、個人的な理由で行動しているとしか、考えられないのだ。

 根拠は明快だ。

 抗争の結末が、氷結の勝利でおわったことは、想像にかたくないだろう。ミージヒトの不在に加え、戦闘のために準備して来た期間が、ムッチョーダとは大きく異なるはずだからだ。勝つ見込みがあったからこそ、氷結は戦いをしかけたのである。これらを言い換えるならば、すでにギルドを理由とした動機は、消失してしまっているということである。ムッチョーダは壊滅したのだから、動機がギルドに由来するはずがない。つまり、今もミージヒトがコーザを追っているのは、それが、個人的な願望に基づくものだからとしか、考えられないのである。

 なぜ?

 無論、それはペルミテースだろう。そして、この部分を深堀りするためには、どうしても目を向けなければならない、非常に大きな疑問がある。とりもなおさず、どうしてコーザに妖精の瞳が存在するのか、という点だ。

 先述したように、ミージヒトは妖精に尋ねることで、氷結の陣地にある、ワープゲートの位置を知った。似たような手法は、同じく瞳を持つコーザにも行えるもの・・・・・・・・・・である。だが、実際の行動は大きく異なった。コーザは律儀に、氷結本人に場所を聞いたのだ。

 もちろん、当初は、コーラリネットの事情を加味してのものだと、そう考えていた。瞳の持ち主が圧倒的に少ない場所では、己が妖精と話せることなぞ、隠しておくほうが望ましいに決まっている。しかし、未踏破領域に出てからも、コーザが取る捜索の方法には、あまり変化が見られなかった。てっきり、マーマタロなどの特殊な事例を除けば、人間に聞いて回ることでしか、ペルミテースの手がかりは、得られないものとばかり思っていたのだが、もしもこれが、単純な事実を見落とした結果だとしたら……。端的に言えば、コーザは瞳の持ち主にしては、あまりに使い方がへたくそなのである。それが示すのは、コーザが本来の所有者ではない可能性だ。

 では、いったいだれならば、瞳を貸し与えることができるのだろう? 信仰心の賜物とも呼ぶべき成果を、どうすれば譲り渡せるというのか。答えは我らが妖精王にあるに違いない。

 加えて、ペルミテースの捜索が、妖精王からの依頼であることは、ルーチカの説明によって裏づけられている。なれば、妖精の瞳は、前払いの報酬として与えられたと、そう見るべきだろう。当然、瞳を持たない状態のコーザとも、難なく、意思の疎通を図ったと考えられるのだから、妖精王は人間の性質を帯びている。そこにコーザの夢を踏まえ、一連の出来事を再検討してみれば、にわかに、成功した際の報酬が浮かびあがって来る。ダンジョンからの解放だ。

 しかし、妙である。

 これは甚だおかしい。

 コーザの言う正規の出口が、ちょうど地表の捨て場と、反対のものであるならば、そこに人数の制限はないはずだ。限られた者しか侵入できないならば、どうやって地下の世界を作るのか――しかして、そこに人数の制限は存在しない。当然、その出口にも、早い者勝ちなどの仕掛けはないことになる。

 だが、これでは、ミージヒトと争うべき利害の対立は、どこにもないではないか。手を手をつないで、一緒に仲良く、ゴールを目指せばよいだけである。それでいて、なお決闘が免れない事態にあるのだから、現状は奇妙と呼ぶよりほかにないだろう。あるいは、正規のルート以外にも、脱出の手立てはあるのやもしれないが、いずれにせよ、妖精王が出口を知っている可能性は、極めて低い。少なくとも、一方通行の出口がどこにあるかなぞ、決してわかっていないだろう。知っているならば、妖精王とて、脱出と引き換えにペルミテースを探せと、そう注文していなければ不自然である。だが、コーザの口ぶりからするに、単純に頼まれただけと考えるほうが、よほど納得がしやすいのだ。

 もちろん、くだんの待ち人が知っている、という可能性がないわけではない。だが、どんなに高く見積もっても、ペルミテースはタオンシャーネにいないだろう。マーマタロは人間から話を聞いたと、そのように証言しているのであり、それは端的に、ゲゾールが瞳の持ち主である事実を、示している。セーフティから外へと出ることがない、イトロミカールの住人でさえ、妖精王の話は耳にしているのだ。瞳を持つゲゾールが、それを知らないはずがない。そして、もしも出口に心当たりがあるペルミテースが、タオンシャーネにいるのであれば、たとえ本人が瞳を有していなくとも、ゲゾールを経由することで、自分が妖精王に探されていることを、おのずと理解してしまうのである。

 ゆえに、いない。

 コーザとの旅で十分にそれは理解した。ダンジョンで暮らすのをよしとしたのは、イトロミカールのセーフティくらいである。そして、これこそがマーマタロが秘密にしている、本当の事情だろう。口では言わないが、脱出できないという事実を受け止め、どうにかして、自分たちが地下で幸せに生きていくための、術を模索した結果が、今のセーフティなのだ。ほかの人間は、少なからずコーザたちと同じように、地表への脱出を望んでいる。言い換えるならば、マーマタロは、ゲゾールから真相を聞いたうえで、地表に出られないと判断したのだ。

 畢竟するに、ペルミテースはタオンシャーネにいない。万が一にも、いた・・のであれば、とうの昔に出口へ向かったに決まっている。どちらにしろ、今はいるはずがないのだ。


「どうかしたのか?」


 一向に口を開く気のない、チャールティンを見るにつき、ミージヒトが急かすように話しかけていた。


「いえ、なんでもありませんわ」


 ここで今、すべてを暴露してみたところで、戦いは避けられまい。ただでさえ、残酷な現実というものは、受け入れるのに多大な時間を要するのだ。それを抜きにしても、二人とも冷静とは言えない状態にある。どちらも血を流す覚悟を決めているうえに、相手が襲って来るものと、信じきっているのだから、とてもではないが説得は通じない。敵の到着だけは明らかなのに、どうして無防備でいられようか。お互いにこっそりと、真実を話すのは不可能だ。

 もちろん、両者を同時に引きあわせ、一度に真実を述べてしまうということも、やはり自分にはできない。そんなことをしようものなら、言葉よりも先に銃声が発されてしまう。なれば、確実にニシーシを守るためには、これ・・しか方法はないのだ。

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