第85話 怪物
チャールティンは安堵していた。
どのようにして瞳の断定にいたったのかを、こともなげに看破するような相手だったらば、ミージヒトは、かなり厄介な人物ということになってしまう。ひとまず、その可能性は少ないようだ。
「コーザは未踏破領域へ行くことを、唐突に決定したんですの。そんなコーザを追跡できるのは、糧食の関係から、ギルドの支援を受けられる者しか、いませんわ。そのほかの人には、時間内に旅支度を整えることは、できませんから。そこに目を向けられたならば、あとは、それが氷結とムッチョーダのいずれか、という問題ですの。最終的に、追跡者はコーザを、出し抜かなければいけないのですから、放たれた刺客は相当な手練れ。未踏破領域という、環境の面も踏まえて考えるなら、なおさらですの。翻って、氷結はムッチョーダとの抗争を、起こそうと動いていましたの。もしも、追跡者が氷結のメンバーなのであれば、手練れが抜けている状態で、抗争をはじめようなぞとは、リーダーも考えないはずでしょうね。逆なのであれば、氷結にとっては思いがけない幸せ。まず間違いなく、争いは起こったと見えますわ。そうであれば、追っているのは、ムッチョーダと考えるのが道理ですの。……ところで、氷結とそれなりに付き合いがあるコーザは、ワープゲートの位置を知りませんでしたの。敵対しているがゆえに、容易には近づけないムッチョーダであれば、渦の場所を特定するのは、コーザよりも一層難しくなりますわ。どうして追跡者には、それができたのでしょうね?」
コーザにさえ無理だったのだから、見取り図を知らないムッチョーダの人間が、情報屋に少し尋ねたくらいで、正確にたどり着ける理由はない。もちろん、闇雲に動くのが許される場所でないことは、ギルドの関係性から明らかである。
投げかけられた言葉のつづきは、苦笑を浮かべたミージヒトが引き取った。
「そんなことができるのは、妖精に聞く以外はない――か」
尋ねることができるのだから、当然に瞳を有している。
ミージヒトの頭には、情報屋に接した際の台詞が、思い起こされていた。その相棒である妖精が、次のように警告して来たのだ。
『くれぐれも気をつけて。ルーチカは問題ないけれど、もう一人の人間が連れている妖精は、洞察力が私たちの比じゃない』
なぜ、情報屋の相棒が、そのような忠言を発したのか? 決まっている――コーザの新技について知ろうとしていたのが、相手方に悟られたからだ。
情報屋は無駄なお喋りを好まない。それなのに、こちらの企みが露見したと言うのだから、眼前の妖精を怪物と呼称するのは、必ずしも大げさな話ではない。決して侮っていたわけではないが、完全に想定外の力量である。
そして、これこそが、こたびの取り引きにおける神髄だろう。自分に瞳があるとわかれば、情報屋に対して嘘をついたということが、相棒の妖精を経由して伝わるのは、想像にかたくない。現に、自分はコーザの空砲が真実でないことを、ちゃんと知っている。
「情報屋に話した出まかせを、訂正してくれるんだな?」
「その前に、
「ああ、それなら承知している。抗争に際し、コーザが使っている場面を目撃したからな。……なるほど、あれもそちらが用意したものだったか。そうだとすると、妙だな……。短刀は、自分との戦闘を憂慮しての、気遣いだろう? どうして、急に態度を変える? コーザの味方はやめたのか?」
「あのときとは、事情が大きく変わりましたの。ニシーシが、コーザに力を貸そうとしているんですわ」
「……?」
なおさら、よいことではないか。こんな取り引きを持ちかけて来ず、内緒に徒党を組んでいれば、自分とて対処できたかどうか怪しい。いくらチャールティンが、生産系のスキルとはいえ、これほどの頭脳があれば、それも可能だったことだろう。
「わたくしにとって、一番大事なのはニシーシですの。あなた、つけまわしていたくせに、気がつかなかったんですの?」
「……ふっ」
思わず、ミージヒトの口から失笑が漏れた。
とりもなおさず、チャールティンは、いざ共闘したときに、ミージヒトがニシーシを害すかもしれないのを、危惧しているのだ。それは先手必勝に失敗したときの話であり、可能性としては大きなものではないだろう。
そんなもののために売られてしまうコーザを、少しだけミージヒトは憐れんだのだが、それも一瞬のことだ。どのような理由であれ、自分のもとに転がりこんで来たチャンスは、すべて利用させてもらう。
鬼気迫る決意を胸に、ミージヒトはチャールティンの言葉を待った。
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